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アイドル御殿
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部屋から出したくない野瀬。なんなら部屋から出たい太一。
(しまった)
太一は返事も待たずに立ち上がると、持ってきていたアイドル図鑑を片付けるべく、それを片手に抱え込んだ。
「行こう~」
ニコニコと微笑み、太一は部屋の鍵を開けた。
「あ、ちょっ。待って!」
野瀬は食べ終えた冷麺の器をトレイに載せると、慌てて太一の後を付いて出て行く。幸い二階に姉妹は居なかった。
太一をアイドルコーナーに残し、野瀬は階段を駆け下りると、まだ食卓を囲んでいる家族を見て、改めてほっと胸を撫で下ろした。キッチンのシンクに食べ終わった器を戻しながら、姉妹共が目を盗んで二階に駆け上がらないかを確認する。
バチバチっと火花が散るほど目が合っているが、ここは野瀬が勝った。
が。二階に戻ろうと階段を一段上がった時、姉が声を出した。
「もういいよ~だ。カラオケは諦める。だから沖くんに会わせて♪」
妹も続く。
「そうよ! お姉ちゃんは沖くんに会ったことすらないんだからね!? アイドルの独り占めはこの家から追放に匹敵する罪よ!?」
上手い具合に言っているが、太一に会えば間違いなくカラオケの話を持ち出し、「だったら一緒に行こう」と太一に言わせようとするに違いない。野瀬とてそれくらいの予想は出来る。
「かまわん。追放されようが一週間飯抜きだろうが、沖にだけは会わせない!」
「どケチ!」
「意地悪!」
「性悪男!」
「ホモ野郎!」
最後のセリフに深く胸を抉られたが、野瀬は負けじと怒鳴った。
「うるさい! この妖怪糞女共!」
しかしそう叫んだ野瀬へ、姉妹は一言も怒らず、何か驚いたように目を丸くした。
なんだ?と怪訝に眉根を寄せた野瀬だったが、はっと思い起こしたように振り返ると、そこには案の定、太一の姿があった。
「お、沖! 降りてきちゃダメだって!」
慌てて太一の腕を掴み二階へ戻るように促したが、太一は太一でその瞳を見開いていた。 野瀬に掴まれた腕にぐっと力を込めた太一のその瞳は、妹に釘付けだった。
「み……つき、ちゃん?」
「……え?」
この場にいる野瀬家の全員が、太一の言葉に一瞬時を止めた。
しかし、時間が止まったのは太一とて同じ。
まさか志藤にしつこいと言わせた劇的に可愛い “美月ちゃん” が、野瀬の妹だったのだから。
あの時、野瀬が美月を見つめていたのは妹だったからなのである。決して好きだったからではない。そんなことに今更気付く。
「え……、みぃのこと、知ってるの?」
野瀬は驚いて太一を見つめたが、その瞳が妹にだけ向けられているから、同じように妹を振り返った。
だが、もちろん美月自身も驚いている。
「あ、あぁ。歩くんと話していたのを覚えてるだけ。知り合いではないよ」
その言葉に美月もどこかほっと胸を撫で下ろした。名前を覚えてもらうほど急接近した覚えなどなかったからだ。
太一は吸い寄せられるように階段を下りると、女ばかりの食卓へと近づき、その美しい姉妹に柔らかく微笑んだ。
「綺麗だね……。浴衣姿も、よく似合ってる」
制服姿の美月も可愛い。だが髪をアップにし、白地に紫色の花が描かれた浴衣を纏う美月もまた格別に美しかった。
美月はまさかそんなことを言ってもらえるなど夢にも思っていなかったからか、ボンっと音が鳴るほど赤面してしまう。
「あ……、え。ぁ……あ、ありがとう」
耳まで真っ赤になり、しおらしくお礼を言う美月に、照れたように微笑む太一。その横顔に、またも野瀬は胸をざわつかせるのであった。
(しまった)
太一は返事も待たずに立ち上がると、持ってきていたアイドル図鑑を片付けるべく、それを片手に抱え込んだ。
「行こう~」
ニコニコと微笑み、太一は部屋の鍵を開けた。
「あ、ちょっ。待って!」
野瀬は食べ終えた冷麺の器をトレイに載せると、慌てて太一の後を付いて出て行く。幸い二階に姉妹は居なかった。
太一をアイドルコーナーに残し、野瀬は階段を駆け下りると、まだ食卓を囲んでいる家族を見て、改めてほっと胸を撫で下ろした。キッチンのシンクに食べ終わった器を戻しながら、姉妹共が目を盗んで二階に駆け上がらないかを確認する。
バチバチっと火花が散るほど目が合っているが、ここは野瀬が勝った。
が。二階に戻ろうと階段を一段上がった時、姉が声を出した。
「もういいよ~だ。カラオケは諦める。だから沖くんに会わせて♪」
妹も続く。
「そうよ! お姉ちゃんは沖くんに会ったことすらないんだからね!? アイドルの独り占めはこの家から追放に匹敵する罪よ!?」
上手い具合に言っているが、太一に会えば間違いなくカラオケの話を持ち出し、「だったら一緒に行こう」と太一に言わせようとするに違いない。野瀬とてそれくらいの予想は出来る。
「かまわん。追放されようが一週間飯抜きだろうが、沖にだけは会わせない!」
「どケチ!」
「意地悪!」
「性悪男!」
「ホモ野郎!」
最後のセリフに深く胸を抉られたが、野瀬は負けじと怒鳴った。
「うるさい! この妖怪糞女共!」
しかしそう叫んだ野瀬へ、姉妹は一言も怒らず、何か驚いたように目を丸くした。
なんだ?と怪訝に眉根を寄せた野瀬だったが、はっと思い起こしたように振り返ると、そこには案の定、太一の姿があった。
「お、沖! 降りてきちゃダメだって!」
慌てて太一の腕を掴み二階へ戻るように促したが、太一は太一でその瞳を見開いていた。 野瀬に掴まれた腕にぐっと力を込めた太一のその瞳は、妹に釘付けだった。
「み……つき、ちゃん?」
「……え?」
この場にいる野瀬家の全員が、太一の言葉に一瞬時を止めた。
しかし、時間が止まったのは太一とて同じ。
まさか志藤にしつこいと言わせた劇的に可愛い “美月ちゃん” が、野瀬の妹だったのだから。
あの時、野瀬が美月を見つめていたのは妹だったからなのである。決して好きだったからではない。そんなことに今更気付く。
「え……、みぃのこと、知ってるの?」
野瀬は驚いて太一を見つめたが、その瞳が妹にだけ向けられているから、同じように妹を振り返った。
だが、もちろん美月自身も驚いている。
「あ、あぁ。歩くんと話していたのを覚えてるだけ。知り合いではないよ」
その言葉に美月もどこかほっと胸を撫で下ろした。名前を覚えてもらうほど急接近した覚えなどなかったからだ。
太一は吸い寄せられるように階段を下りると、女ばかりの食卓へと近づき、その美しい姉妹に柔らかく微笑んだ。
「綺麗だね……。浴衣姿も、よく似合ってる」
制服姿の美月も可愛い。だが髪をアップにし、白地に紫色の花が描かれた浴衣を纏う美月もまた格別に美しかった。
美月はまさかそんなことを言ってもらえるなど夢にも思っていなかったからか、ボンっと音が鳴るほど赤面してしまう。
「あ……、え。ぁ……あ、ありがとう」
耳まで真っ赤になり、しおらしくお礼を言う美月に、照れたように微笑む太一。その横顔に、またも野瀬は胸をざわつかせるのであった。
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