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アイドル御殿
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「お兄ちゃ~ん。一緒にご飯食べようよぉ」
「沖くんも一緒にご飯どう?」
部屋のドアが控えめにコンコンと鳴らされ、可愛らしい女の子の声がふたつ、代わる代わるにそう訴えかけてくる。
「うるさいなぁ! 勝手に食ってろよ!」
部屋の鍵をガチャン!と締めて叫んだ野瀬に、太一は目を丸くした。あの優しく温厚な野瀬がこんな乱暴な喋り方をするなど思ってもいない。確かに志藤にキレた時も相当驚いたが、野瀬は太一の想像よりよほど普通で一般的な男子中学生と言えるだろう。兄弟喧嘩の一つや二つするに決まっている。確かに優しいとは思うが、太一の前でなければそれほどモジモジもしていない。
そう。太一の前でだけ、野瀬は乙女を発揮してしまうのである。これは一種の病なのだ、恋と言う名の、病。
「あの、……オレは全然いいよ? 皆で食べる?」
一瞬見えた女性二人。すでに浴衣を着ていて、髪も綺麗に結い上げてあった。姉と思われるその女性は、さすが野瀬家の人間と思わせるほどの美貌であった。もう一人、妹と思われる女性は太一からはよく見えなかった。右半身が僅かに見えただけで顔まではしっかりと見えなかったのだが、姉も野瀬ももちろん母親も美形なのだ。妹だって美しいに違いない。健全な男子中学生として、この姉妹を間近で見てみたいと思うのは、至って普通のことだった。
だがしかし。
「絶っ対ダメ!!」
野瀬の許しを得られなかった。
あのモジモジしている野瀬が自分に対してそこまで力強く声を発したのだ。よもや頷くしかない。
「あ、そ……そうか。ごめん。わかった」
部屋の前では女の子達が「何よ、ケチ」とブーブー文句を言っていて、「お兄ちゃんなんか嫌い」と甲高い声が上がった。それを無視して野瀬は太一の前に腰を下ろし、申し訳なさそうに眉を垂れる。
「ごめんね、煩い女達で」
「いや……。オレはいいんだろうけど……大丈夫?」
“優しい野瀬” が板についていた分、怒鳴り声を上げる彼にどうしたって驚きを隠すことが出来ない。
聞いた太一に野瀬は苦笑いを零す。
「大丈夫。優しくしたら、調子乗るからさ」
複雑な姉兄妹関係に太一も苦笑するしかない。
「ご飯食べたら着付けして、さっさと家を出よう。ホントに煩いからさ、あいつら」
「う、うん」
ちやほやされることはないのか、と何処か残念に思いながらも、太一は大人しくそれに従うことにした。
野瀬はどうやら怒ると怖そうだ。気まずい雰囲気の中、冷麺を啜り、流しっぱなしのDVDの音だけやけに煩く響いている。ちらりと野瀬を確認する太一だが、野瀬は野瀬で、先ほど聞きそびれた質問をもう一度投げかけてみるかどうか迷っていた。
“好きな人がいるのか”
だが、聞いたところで「いる」と言われてしまえば、そこでこの恋は終わってしまう。聞きたいけどその勇気は出そうもない。
無言のままご飯を食べ終え、DVDを見る。しかし、それとていつまででも再生されたままではない。すでに二周目のDVDでは、会話も盛り上がるわけはなかった。
「何か、ちがうDVDでも見る?」
気を利かせてそんなことを聞いたが、野瀬はすぐにしまったと思った。
ゲームでもするかと誘えば良かったところを、DVDでも見るかと聞いてしまえば、答えはもちろん……。
「見る見る~! 選びに行っていい?」
こうなる。
「沖くんも一緒にご飯どう?」
部屋のドアが控えめにコンコンと鳴らされ、可愛らしい女の子の声がふたつ、代わる代わるにそう訴えかけてくる。
「うるさいなぁ! 勝手に食ってろよ!」
部屋の鍵をガチャン!と締めて叫んだ野瀬に、太一は目を丸くした。あの優しく温厚な野瀬がこんな乱暴な喋り方をするなど思ってもいない。確かに志藤にキレた時も相当驚いたが、野瀬は太一の想像よりよほど普通で一般的な男子中学生と言えるだろう。兄弟喧嘩の一つや二つするに決まっている。確かに優しいとは思うが、太一の前でなければそれほどモジモジもしていない。
そう。太一の前でだけ、野瀬は乙女を発揮してしまうのである。これは一種の病なのだ、恋と言う名の、病。
「あの、……オレは全然いいよ? 皆で食べる?」
一瞬見えた女性二人。すでに浴衣を着ていて、髪も綺麗に結い上げてあった。姉と思われるその女性は、さすが野瀬家の人間と思わせるほどの美貌であった。もう一人、妹と思われる女性は太一からはよく見えなかった。右半身が僅かに見えただけで顔まではしっかりと見えなかったのだが、姉も野瀬ももちろん母親も美形なのだ。妹だって美しいに違いない。健全な男子中学生として、この姉妹を間近で見てみたいと思うのは、至って普通のことだった。
だがしかし。
「絶っ対ダメ!!」
野瀬の許しを得られなかった。
あのモジモジしている野瀬が自分に対してそこまで力強く声を発したのだ。よもや頷くしかない。
「あ、そ……そうか。ごめん。わかった」
部屋の前では女の子達が「何よ、ケチ」とブーブー文句を言っていて、「お兄ちゃんなんか嫌い」と甲高い声が上がった。それを無視して野瀬は太一の前に腰を下ろし、申し訳なさそうに眉を垂れる。
「ごめんね、煩い女達で」
「いや……。オレはいいんだろうけど……大丈夫?」
“優しい野瀬” が板についていた分、怒鳴り声を上げる彼にどうしたって驚きを隠すことが出来ない。
聞いた太一に野瀬は苦笑いを零す。
「大丈夫。優しくしたら、調子乗るからさ」
複雑な姉兄妹関係に太一も苦笑するしかない。
「ご飯食べたら着付けして、さっさと家を出よう。ホントに煩いからさ、あいつら」
「う、うん」
ちやほやされることはないのか、と何処か残念に思いながらも、太一は大人しくそれに従うことにした。
野瀬はどうやら怒ると怖そうだ。気まずい雰囲気の中、冷麺を啜り、流しっぱなしのDVDの音だけやけに煩く響いている。ちらりと野瀬を確認する太一だが、野瀬は野瀬で、先ほど聞きそびれた質問をもう一度投げかけてみるかどうか迷っていた。
“好きな人がいるのか”
だが、聞いたところで「いる」と言われてしまえば、そこでこの恋は終わってしまう。聞きたいけどその勇気は出そうもない。
無言のままご飯を食べ終え、DVDを見る。しかし、それとていつまででも再生されたままではない。すでに二周目のDVDでは、会話も盛り上がるわけはなかった。
「何か、ちがうDVDでも見る?」
気を利かせてそんなことを聞いたが、野瀬はすぐにしまったと思った。
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「見る見る~! 選びに行っていい?」
こうなる。
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