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少年達の夏
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この本は一般的な本屋には並ばない。
事務所設立二年目にオープンしたアンプロショップというアイドルショップにしか並ばない、希少価値のある本だ。まだ日本には一軒しかないアンプロショップ。もちろん図鑑だけではなく、ブロマイドや団扇をはじめ、様々なグッズが所狭しと並んでいる。
姉や妹と定期的にアンプロショップに足を運んでは、太一のブロマイドがないかと探すが、未だそれを見つけたことはなかった。小さく写り込んでいるだけでもいい、そう思いながら時間をかけて探すが、どうしたってないものはなかった。
おかげで毎回ショップに行くと写真以外のグッズを見て回ることが出来ず、姉や妹に連れられ、泣く泣く帰宅することになっている。
唯一家にある太一の写真。
それはこのアイドル図鑑のアーティスト写真だ。アンプロショップのオープンと共に発売されるようになった図鑑は毎年年度初めの四月に発売が開始される。販売数量に限りがあり、再版もされないため、買い逃すと来年度まで待たなければいけなくなってしまうため、野瀬家は毎年予約購入という手段を使っている。もっともアンプロアイドルはまだまだ知名度が低いため、予約せずとも簡単に購入出来るのだが。
今年で図鑑は五冊目となる。その三冊目から、太一の写真が載っている。その中でも最新刊、今年の四月に発売された図鑑の太一が、野瀬の一番のお気に入りだった。
「……可愛いなぁ」
見開きーページ。簡易プロフィールと、数枚の写真。
ツンと立てた髪。逸らさずこちらを見つめている瞳。学校では見られないようなアイドルスマイル。
(いや、この笑顔を……俺は見た)
不意に思い出す。
先週末。中原からカラオケに行けるとメールをもらった直後のこと。太一が初めて見せてくれたこのアイドルスマイル。
思い出して野瀬は頬を赤らめた。
「ホント……可愛い」
コツンと本棚に額を打ち付け、野瀬は図鑑を抱きしめながら瞳を閉じた。
(昨日、沖の手を握った)
自分の手より小さかった。そりゃもちろん身長差があるから当たり前のことだが、それでも小さいと感じた。それがまた堪らなく可愛いくて、あまつさえ太一は自分の前で泣きじゃくったのだ。強く、強く、この手を握り返しながら。
「反則だよ……、沖」
気付いていなかったわけではない。だけど認めざるを得なくなった。
(やっぱり……好きなんだ、これ)
ただのファンだと自分に言い聞かせていた。目に留まるのは彼がアイドルだから。何してるのかなと休み時間に目で追ってしまうのは、ファンだから。そうなんだと思い込もうとしていたけど、昨日、志藤と抱き合い、心を通わせる太一の姿を見てはっきりと感じたものがあった。
─ ずるい ─
志藤に感じた確かなジェラシー。離れろ、そう思った瞬間、野瀬は自分の気持ちを認めざるを得なくなった。
(勘弁してよ……男なんて)
週に一度は女の子から告白されている自分が、まさか男好きという理由で告白を断り続けているなんて、本当にシャレにならない。こんなことは、中原にだって相談出来なかった。こんなの異常だと思うから。
野瀬はアイドル図鑑の太一をもう一度見つめ、その柔らかな彼の微笑みを封印するかのようにパタンと音を立てて本を閉じると、元あった場所へとそれを仕舞い込んだ。
(忘れよう)
昨日のことを忘れよう。太一の手の感触も、泣き顔も、頼りない声も……、心の奥へと。
ただ事実としてあるもの。
それは今朝手に入れた太一の携帯番号。友達として認めて貰えたことを、野瀬は素直に喜ばなくちゃいけない。
そう…… “友達” として。
だからその先を、夢見てはいけない。
野瀬は深呼吸をひとつして、鞄を引っ提げると自室へとその姿を消した。
事務所設立二年目にオープンしたアンプロショップというアイドルショップにしか並ばない、希少価値のある本だ。まだ日本には一軒しかないアンプロショップ。もちろん図鑑だけではなく、ブロマイドや団扇をはじめ、様々なグッズが所狭しと並んでいる。
姉や妹と定期的にアンプロショップに足を運んでは、太一のブロマイドがないかと探すが、未だそれを見つけたことはなかった。小さく写り込んでいるだけでもいい、そう思いながら時間をかけて探すが、どうしたってないものはなかった。
おかげで毎回ショップに行くと写真以外のグッズを見て回ることが出来ず、姉や妹に連れられ、泣く泣く帰宅することになっている。
唯一家にある太一の写真。
それはこのアイドル図鑑のアーティスト写真だ。アンプロショップのオープンと共に発売されるようになった図鑑は毎年年度初めの四月に発売が開始される。販売数量に限りがあり、再版もされないため、買い逃すと来年度まで待たなければいけなくなってしまうため、野瀬家は毎年予約購入という手段を使っている。もっともアンプロアイドルはまだまだ知名度が低いため、予約せずとも簡単に購入出来るのだが。
今年で図鑑は五冊目となる。その三冊目から、太一の写真が載っている。その中でも最新刊、今年の四月に発売された図鑑の太一が、野瀬の一番のお気に入りだった。
「……可愛いなぁ」
見開きーページ。簡易プロフィールと、数枚の写真。
ツンと立てた髪。逸らさずこちらを見つめている瞳。学校では見られないようなアイドルスマイル。
(いや、この笑顔を……俺は見た)
不意に思い出す。
先週末。中原からカラオケに行けるとメールをもらった直後のこと。太一が初めて見せてくれたこのアイドルスマイル。
思い出して野瀬は頬を赤らめた。
「ホント……可愛い」
コツンと本棚に額を打ち付け、野瀬は図鑑を抱きしめながら瞳を閉じた。
(昨日、沖の手を握った)
自分の手より小さかった。そりゃもちろん身長差があるから当たり前のことだが、それでも小さいと感じた。それがまた堪らなく可愛いくて、あまつさえ太一は自分の前で泣きじゃくったのだ。強く、強く、この手を握り返しながら。
「反則だよ……、沖」
気付いていなかったわけではない。だけど認めざるを得なくなった。
(やっぱり……好きなんだ、これ)
ただのファンだと自分に言い聞かせていた。目に留まるのは彼がアイドルだから。何してるのかなと休み時間に目で追ってしまうのは、ファンだから。そうなんだと思い込もうとしていたけど、昨日、志藤と抱き合い、心を通わせる太一の姿を見てはっきりと感じたものがあった。
─ ずるい ─
志藤に感じた確かなジェラシー。離れろ、そう思った瞬間、野瀬は自分の気持ちを認めざるを得なくなった。
(勘弁してよ……男なんて)
週に一度は女の子から告白されている自分が、まさか男好きという理由で告白を断り続けているなんて、本当にシャレにならない。こんなことは、中原にだって相談出来なかった。こんなの異常だと思うから。
野瀬はアイドル図鑑の太一をもう一度見つめ、その柔らかな彼の微笑みを封印するかのようにパタンと音を立てて本を閉じると、元あった場所へとそれを仕舞い込んだ。
(忘れよう)
昨日のことを忘れよう。太一の手の感触も、泣き顔も、頼りない声も……、心の奥へと。
ただ事実としてあるもの。
それは今朝手に入れた太一の携帯番号。友達として認めて貰えたことを、野瀬は素直に喜ばなくちゃいけない。
そう…… “友達” として。
だからその先を、夢見てはいけない。
野瀬は深呼吸をひとつして、鞄を引っ提げると自室へとその姿を消した。
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