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本当の気持ち

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 体育館と柔道場の間。
 ガシっとその腕を掴まれ、太一ははっとして振り返った。

「沖……!」

 太一を捕まえたのは、中原でも志藤でもない、野瀬だった。昨日初めて口をきいた野瀬だったのだ。

 背の高い野瀬の手の力は思っているより強く、掴まれた腕は少しだけ痛かった。だが強い力とは裏腹に、こちらまで悲しくなるほど頼りない顔をしている野瀬に、太一は唇を噛み締めて俯いた。

「来て」

 手を引かれ、足早に歩く野瀬の後を着いて行く。今さっきまで目指していた柔道場裏。目の前にはフェンス越しに教員用の駐車場が見える。面白味もない風景。だけど植えられている木々が影を落とし、日向より随分涼しく感じる。

 柔道場の裏入り口。コンクリートの階段に二人は並んで座った。

 野瀬が何かを話してくれるのかと思ったが、彼はじっと黙ったままだった。やはり野瀬は野瀬かと思ったが、それにガッカリすることはない。期待していないからと言うわけではなく、野瀬がぎゅっと太一の手を握ってくれていたからだ。
 それが泣きたいくらい、嬉しかった。

「なんであんなこと……言われたんだろ」

 太一は野瀬に握られている手をだらんと彼に預けたまま呟いた。

「自分に実力がないことくらい……、嫌という程分かってるのに。あんな風に言うことないだろ……?」

 お前もそう思うよな?と同意を求めそうだった。けどそれを堪える。アイドル好きの野瀬に、アイドル同士の喧嘩などそもそも見せちゃいけない。そう思うからこそ、どちらの肩を持つんだと言うような詰問は野暮だ。
 味方が欲しいわけでもない。ただ切実に辛かった。

「趣味でアイドル出来るほど、俺かっこ良くもないし、ダンスも歌も上手くない。必死に……、必死になって、がんば…頑張ってるのに……ッ」

 悔しくて、涙が溢れた。
 この腹に抱える黒い感情も同時に流れ出す。志藤は、ただ社長の贔屓を得ているだけのくせにと。

 握られている野瀬の手を握り返し、太一は膝に顔を隠して泣いた。

「沖……」

 一方、体育館と柔道場の間に、志藤と中原はいた。
 太陽の光が殆ど差し込まないその場所。それでもコンクリートの割れ目から草が生えている。それを睨みつけながら、志藤は焦っていた。このままじゃ、唯一の友人まで失ってしまうと。早く弁解したくて仕方なかったが、中原がそれを止めていた。「雅紀に任せろ」と。

「たぶん沖は自分の気持ちを全部吐き出すはずだから、それを聞いた上でちゃんと謝った方がいい」

 正直、太一の本音など怖くて聞きたくなかった。
 信用していないわけではないけど、誰かに好かれることが少ない分、他人の本音ほど怖いものはない。耳を塞ぎたいくらいに恐ろしいのだ。

 だけど中原がぐっと肩を抱いてくれるから、志藤は固く目を閉じて二人の会話に耳を澄ました。

「歩くんを……、どうしても、好きになれなかった」

 太一の涙声が弱々しく聞こえ、志藤は腹の奥がぎゅっと痛いほどに縮んだ。

 一番聞きたくなかった言葉。こんなに早く聞かされるなんて思ってもいなくて、志藤は中原の腕を振り払い、その場から逃げ出そうとした。しかしその腕を掴み、中原は残酷にも志藤を引き止めた。

「放してください……っ!」

 大きな瞳に涙を浮かべて訴えたけど、中原は首を振った。
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