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本当の気持ち
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「たいちゃんは趣味だもんね、アイドル」
何気無く口にしてしまった、その言葉。現場に分かりやすく「?」と間が開き、怪訝に眉を潜めた太一がゆっくりと志藤を見た。
何だって?と太一は耳を疑い、志藤はまた、その怒りを含んだような太一の表情に、失言だったことを知った。
「しゅ……み?」
意味が分からないとばかりに中原が二人に尋ね返すが、太一と志藤の視線は恐ろしいほどに絡み合い、太一の放つ怒りに似たオーラに、全員凍りついた。
「……どういうこと?」
決して低いとは言えない太一の声が、この時ばかりは低かった。ヤバイと心臓が飛び跳ねる。志藤は言ってはいけない一言を言ってしまった。
今までエッグが誰一人彼へ何も言わなかったのはこういうことだったのかと、志藤は焦った。だけど誰もそれを本人に言ったことがないのだから、太一がどんな反応をするのかは、もちろん誰一人知らない。まさかここまで不穏な空気を纏うなど、親友の雪村だってきっと予想できないことだろう。
「あ……、ご、ご……めん」
太一の威圧に耐えかね、志藤は震えた声で謝った。しかし、太一は理解できなかった。それもそうだろう。誰が趣味でアイドルをするというのだ。太一はダンスがしたいわけじゃない。歌が歌いたいわけじゃない。正真正銘、本気でアイドルを目指しているのだ。弟の陽一が自慢できるような、歌って踊れるかっこいいアイドルに。
「なんだよ……それ。バカにしてるの?」
どれだけ努力していても、うだつの上がらない太一。片や苦労なしと言われているくせに、事務所を代表するトップアイドル。そうだ、これではバカにされていると勘違いしても可笑しくない。志藤にしてみれば、太一の実力など鼻で笑う程度。本気と認めたくもない、趣味程度の取るに足らないもの。
本当はそんなこと微塵も思っていないが、太一にはそう聞こえてしまったのだ。
また志藤もそれに気付いた。違う!と慌てて弁解に入ろうと思わず差し出した右手。だがそれは、勢いよく弾き飛ばされた。
「最低、だな。歩くん……っ。信じられない……!」
最後、悔しさで涙が滲み、太一は逃げるように駆け出した。
「沖!」
「たいちゃんっ」
有り得ない、と太一は思った。あの志藤がこんな酷いことを言うなんて認めたくなくて、だけどそういうことを平気で言うからこそ、皆から嫌われていたのではないかとも思えた。今まで自分は、たまたま嫌なことを言われていなかっただけで、他の皆は言われていたのだろうかと腹立たしさと悲しみで涙がまた溢れた。
皆が言うほど志藤は悪い奴じゃない。そう今まで自分に言い聞かせ、たいちゃんたいちゃんと自分を慕ってくれる彼を、好きになろうと頑張っていた。けど、なかなかそううまくはいかなくて、慕われれば慕われるほど距離を置きたくなって、そんな自分がすごく嫌で嫌で……嫌で。
けど、こんなことを言われる日が来るのなら、心を鬼にしてでも距離を置いておけば良かったなんて思った。
でも、そんな風に思うこともまた、太一は悲しかった。
今来た道を逆走する。しかし校門前には教師が立っているため、反対の自転車置き場へと向かい、隣接しているテニスコートと体育館も走り抜け、その隣にある柔道場の裏を目指した。
何気無く口にしてしまった、その言葉。現場に分かりやすく「?」と間が開き、怪訝に眉を潜めた太一がゆっくりと志藤を見た。
何だって?と太一は耳を疑い、志藤はまた、その怒りを含んだような太一の表情に、失言だったことを知った。
「しゅ……み?」
意味が分からないとばかりに中原が二人に尋ね返すが、太一と志藤の視線は恐ろしいほどに絡み合い、太一の放つ怒りに似たオーラに、全員凍りついた。
「……どういうこと?」
決して低いとは言えない太一の声が、この時ばかりは低かった。ヤバイと心臓が飛び跳ねる。志藤は言ってはいけない一言を言ってしまった。
今までエッグが誰一人彼へ何も言わなかったのはこういうことだったのかと、志藤は焦った。だけど誰もそれを本人に言ったことがないのだから、太一がどんな反応をするのかは、もちろん誰一人知らない。まさかここまで不穏な空気を纏うなど、親友の雪村だってきっと予想できないことだろう。
「あ……、ご、ご……めん」
太一の威圧に耐えかね、志藤は震えた声で謝った。しかし、太一は理解できなかった。それもそうだろう。誰が趣味でアイドルをするというのだ。太一はダンスがしたいわけじゃない。歌が歌いたいわけじゃない。正真正銘、本気でアイドルを目指しているのだ。弟の陽一が自慢できるような、歌って踊れるかっこいいアイドルに。
「なんだよ……それ。バカにしてるの?」
どれだけ努力していても、うだつの上がらない太一。片や苦労なしと言われているくせに、事務所を代表するトップアイドル。そうだ、これではバカにされていると勘違いしても可笑しくない。志藤にしてみれば、太一の実力など鼻で笑う程度。本気と認めたくもない、趣味程度の取るに足らないもの。
本当はそんなこと微塵も思っていないが、太一にはそう聞こえてしまったのだ。
また志藤もそれに気付いた。違う!と慌てて弁解に入ろうと思わず差し出した右手。だがそれは、勢いよく弾き飛ばされた。
「最低、だな。歩くん……っ。信じられない……!」
最後、悔しさで涙が滲み、太一は逃げるように駆け出した。
「沖!」
「たいちゃんっ」
有り得ない、と太一は思った。あの志藤がこんな酷いことを言うなんて認めたくなくて、だけどそういうことを平気で言うからこそ、皆から嫌われていたのではないかとも思えた。今まで自分は、たまたま嫌なことを言われていなかっただけで、他の皆は言われていたのだろうかと腹立たしさと悲しみで涙がまた溢れた。
皆が言うほど志藤は悪い奴じゃない。そう今まで自分に言い聞かせ、たいちゃんたいちゃんと自分を慕ってくれる彼を、好きになろうと頑張っていた。けど、なかなかそううまくはいかなくて、慕われれば慕われるほど距離を置きたくなって、そんな自分がすごく嫌で嫌で……嫌で。
けど、こんなことを言われる日が来るのなら、心を鬼にしてでも距離を置いておけば良かったなんて思った。
でも、そんな風に思うこともまた、太一は悲しかった。
今来た道を逆走する。しかし校門前には教師が立っているため、反対の自転車置き場へと向かい、隣接しているテニスコートと体育館も走り抜け、その隣にある柔道場の裏を目指した。
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