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沖太一は劣等感で出来ている

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 レッスンは週に一度、決められた曜日に必ず出席しなければいけない決まりになっている。太一と志藤は月曜日組だ。その他に自由参加として土日にもレッスンが行われているが、自由参加のため実力のあるエッグのほとんどは休みがちだ。それだというのに、志藤はその土日のレッスンでさえサボったことはなかった。

(苦労していないわけがない)

 振り払った志藤の腕の細さを思い出しながら、太一は一歩後ろにいる彼を振り返る。そしてその奥を歩く、美月という女生徒も視界の端に捉えた。

「同じクラスの子?」

 あまりに可愛かった。大きな瞳、ぷるんとして柔らかそうな唇。眉の上で切り揃えられた多めの前髪。背中まで伸びている長い黒髪。華奢なボディライン。

 志藤は一瞬目を丸くして、ふと後ろを振り返った。

「いや、隣のクラスの子。去年も違うクラスだし」

 そう言って太一に視線を戻し、志藤はニヤニヤと笑った。

「たいちゃん。もしかして好み?」
「うるさいなぁ」

 踵を返し、太一は昇降口の階段を上がって下駄箱を目指した。

「紹介してあげようか?」
「遠慮するよ」

 ケラケラと笑う志藤と一旦別れ、お互い上履きに履き替えると、また志藤は太一へと駆け寄って来た。いちいち待つ必要はない。太一のペースに志藤がいつも勝手について来てくれるからだ。否、嫌でもついて来てしまうからだ。

「でも、やめた方がいいよ。あの子可愛いけどちょっとしつこいから」

 しつこいと思うほど誰かに好かれてみたいものだと太一は捻くれたことを思った。志藤からしてみれば彼女はただのファンの一人で、恋愛対象ではない。万に一つ恋愛対象だったとしても、誰かに好意を寄せられ慣れている志藤からしてみれば、少しでも面倒だと思ったら即アウトなのだろう。愛され慣れている人間というのは、実に腹立たしい生き物である。

「それにたいちゃんは俺のアイドルなんだから、恋人なんて作ったら許さないぞぉ~」

 冗談まじりにそんなことを言いながら、志藤は太一の腕をツンツンと突き刺した。

「やめろってば。痛い」

 嫌がる太一に、志藤は声をあげて笑い、そのままパッと手を振った。

「じゃ、またね! 帰りまた迎えに行くよ。CDも忘れないようにしなきゃね」

 三年生のフロアは二階。二年生のフロアは三階にあるため、二人はここでお別れだ。
 階段を上る志藤の背中を太一はしばらく見送った。

 そして思う。……嫌いだ、と。

 だけど嫌いな理由がどうしても見つけられなかった。決定打がないのだ。だってどれだけ考えたって志藤はいい子で、自分に好意を持ってくれていて、悪いところなどひとつもない。それだと言うのに、太一の心は志藤の姿を見るたびにどんよりと影を落とし、彼から逃げたい衝動に駆られる。それが申し訳ないと、太一は志藤の背中を見つめながら思った。
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