7 / 312
沖太一は劣等感で出来ている
6
しおりを挟む
レッスンは週に一度、決められた曜日に必ず出席しなければいけない決まりになっている。太一と志藤は月曜日組だ。その他に自由参加として土日にもレッスンが行われているが、自由参加のため実力のあるエッグのほとんどは休みがちだ。それだというのに、志藤はその土日のレッスンでさえサボったことはなかった。
(苦労していないわけがない)
振り払った志藤の腕の細さを思い出しながら、太一は一歩後ろにいる彼を振り返る。そしてその奥を歩く、美月という女生徒も視界の端に捉えた。
「同じクラスの子?」
あまりに可愛かった。大きな瞳、ぷるんとして柔らかそうな唇。眉の上で切り揃えられた多めの前髪。背中まで伸びている長い黒髪。華奢なボディライン。
志藤は一瞬目を丸くして、ふと後ろを振り返った。
「いや、隣のクラスの子。去年も違うクラスだし」
そう言って太一に視線を戻し、志藤はニヤニヤと笑った。
「たいちゃん。もしかして好み?」
「うるさいなぁ」
踵を返し、太一は昇降口の階段を上がって下駄箱を目指した。
「紹介してあげようか?」
「遠慮するよ」
ケラケラと笑う志藤と一旦別れ、お互い上履きに履き替えると、また志藤は太一へと駆け寄って来た。いちいち待つ必要はない。太一のペースに志藤がいつも勝手について来てくれるからだ。否、嫌でもついて来てしまうからだ。
「でも、やめた方がいいよ。あの子可愛いけどちょっとしつこいから」
しつこいと思うほど誰かに好かれてみたいものだと太一は捻くれたことを思った。志藤からしてみれば彼女はただのファンの一人で、恋愛対象ではない。万に一つ恋愛対象だったとしても、誰かに好意を寄せられ慣れている志藤からしてみれば、少しでも面倒だと思ったら即アウトなのだろう。愛され慣れている人間というのは、実に腹立たしい生き物である。
「それにたいちゃんは俺のアイドルなんだから、恋人なんて作ったら許さないぞぉ~」
冗談まじりにそんなことを言いながら、志藤は太一の腕をツンツンと突き刺した。
「やめろってば。痛い」
嫌がる太一に、志藤は声をあげて笑い、そのままパッと手を振った。
「じゃ、またね! 帰りまた迎えに行くよ。CDも忘れないようにしなきゃね」
三年生のフロアは二階。二年生のフロアは三階にあるため、二人はここでお別れだ。
階段を上る志藤の背中を太一はしばらく見送った。
そして思う。……嫌いだ、と。
だけど嫌いな理由がどうしても見つけられなかった。決定打がないのだ。だってどれだけ考えたって志藤はいい子で、自分に好意を持ってくれていて、悪いところなどひとつもない。それだと言うのに、太一の心は志藤の姿を見るたびにどんよりと影を落とし、彼から逃げたい衝動に駆られる。それが申し訳ないと、太一は志藤の背中を見つめながら思った。
(苦労していないわけがない)
振り払った志藤の腕の細さを思い出しながら、太一は一歩後ろにいる彼を振り返る。そしてその奥を歩く、美月という女生徒も視界の端に捉えた。
「同じクラスの子?」
あまりに可愛かった。大きな瞳、ぷるんとして柔らかそうな唇。眉の上で切り揃えられた多めの前髪。背中まで伸びている長い黒髪。華奢なボディライン。
志藤は一瞬目を丸くして、ふと後ろを振り返った。
「いや、隣のクラスの子。去年も違うクラスだし」
そう言って太一に視線を戻し、志藤はニヤニヤと笑った。
「たいちゃん。もしかして好み?」
「うるさいなぁ」
踵を返し、太一は昇降口の階段を上がって下駄箱を目指した。
「紹介してあげようか?」
「遠慮するよ」
ケラケラと笑う志藤と一旦別れ、お互い上履きに履き替えると、また志藤は太一へと駆け寄って来た。いちいち待つ必要はない。太一のペースに志藤がいつも勝手について来てくれるからだ。否、嫌でもついて来てしまうからだ。
「でも、やめた方がいいよ。あの子可愛いけどちょっとしつこいから」
しつこいと思うほど誰かに好かれてみたいものだと太一は捻くれたことを思った。志藤からしてみれば彼女はただのファンの一人で、恋愛対象ではない。万に一つ恋愛対象だったとしても、誰かに好意を寄せられ慣れている志藤からしてみれば、少しでも面倒だと思ったら即アウトなのだろう。愛され慣れている人間というのは、実に腹立たしい生き物である。
「それにたいちゃんは俺のアイドルなんだから、恋人なんて作ったら許さないぞぉ~」
冗談まじりにそんなことを言いながら、志藤は太一の腕をツンツンと突き刺した。
「やめろってば。痛い」
嫌がる太一に、志藤は声をあげて笑い、そのままパッと手を振った。
「じゃ、またね! 帰りまた迎えに行くよ。CDも忘れないようにしなきゃね」
三年生のフロアは二階。二年生のフロアは三階にあるため、二人はここでお別れだ。
階段を上る志藤の背中を太一はしばらく見送った。
そして思う。……嫌いだ、と。
だけど嫌いな理由がどうしても見つけられなかった。決定打がないのだ。だってどれだけ考えたって志藤はいい子で、自分に好意を持ってくれていて、悪いところなどひとつもない。それだと言うのに、太一の心は志藤の姿を見るたびにどんよりと影を落とし、彼から逃げたい衝動に駆られる。それが申し訳ないと、太一は志藤の背中を見つめながら思った。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる