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 考えた。この息苦しさのわけを。けど答えは単純に「卒業」が寂しいだけだ。きっと俺たちは卒業してしまったら二度と会うことはないだろう。少なくとも、名取はそのつもりでいる。
 だからあんなことを言った。だから俺はこんなに息苦しい。なんでだろう。俺はこれから先も名取と友達でいるつもりだったのに、名取にそのつもりは……なかったみたいだ。

 そう言われたら連絡先を知らない。誕生日を知らない。どこに住んでいるのかも知らない。なにも……知らない。

「モデル……か」

 俺がモデルになったら、名取は喜んでくれるんだろうか。ヘアモデルにスカウトされたって言った時、あいつすごく嬉しそうだったし。倉本に……お願いしてみようか。それとも……TSUKASAさん?

 いや、TSUKASAさん経由でJINさんにお願いしてしまえば、no name に会えたところで彼の仕事を奪う形になりかねない。no name がモデルの仕事を辞めたがっていると知っていても、俺は……俺はまだ彼に夢を見続けていたいんだ。

「俺って意地悪なファンだよな……」

 JINさんが俺を知ってくれていたんだ。きっと no name も俺のことを知ってくれている。すごく嬉しいのに……俺は彼のお願いを聞いてあげられるだけの器が……ない。

「ごめん……なさい」

 3月に新しく作り替えられた黎明のヘアカタログ。no name がそこにいる。
 重めで長めの前髪は少し可愛い印象で、メイクをしている黒っぽい目元は右斜め上を見つめている。尖らせた唇が子供っぽくて好感が持てる。片やもう一枚は、バッサリの短く切られたワイルドなスポーティーウルフだ。元々シャープで切れ長な目をしているから、鋭くこちらを見ている瞳はクールでかっこいい。薄い唇に触れる綺麗な親指を見つめ……俺は、ようやく全てを理解した。





* * * * *




 卒業式。

 数十日ぶりに会うクラスメイト達。倉本とも一度デートをしただけで全然会ってなかった。倉本は卒業を悲しみ、これからもずっと一緒に居てねと俺を涙目で見上げた。
 当たり前だよと頷いたけど、俺は……短く髪を切っている名取から目が離せなかった。

 なのに名取は一度も俺を見ようとしない。仲のいいモブ友と楽しそうに笑い合ってばかりだ。

 なぁ名取。お前が俺にモデルを薦めたのは……逃げたかったからか? それとも純粋に俺を認めてくれていたからなのか?

 俺……モデルになれるかな?
 お前みたいに……、


 お前みたいになれるかな?


「名取!」

 卒業生で賑わう校庭で、俺は我慢出来ずに叫んだ。

 驚いた目。そして困ったように髪を弄る綺麗な手。人差し指と中指の間にあるホクロは、何よりも動かぬ証拠となる。

「俺……、俺さ!」

 少し距離のある俺たち。叫ぶ俺に周りの生徒たちが注目したけど、構わず続けた。

「俺、モデルになりたい! なれると思う!?」

 隣で倉本が目を見開いたけど、少し離れた場所にいる名取は、俺の言葉に泣きそうな顔で笑った。



「……うんっ、なれると思う!」



 その言葉は、名取が言うから力を持つ。俺の背中を押す。他の誰かじゃ駄目なんだ。

「絶対なれよ……っ! 俺、見てるから!」

 そう言って鞄の中からペンを取り出した名取は、自分の名札を外してそこに何かを書きこんだ。それを俺に向かって天高く投げると、名取は嬉しそうな声で、あのはにかむような照れ笑いのような可愛い顔で、俺に力一杯叫んだ。

「俺が面倒見てやってもいいぞ!」

 俺の手元に落ちてきた名取の名札は、油性マジックで乱雑に名前が書き消されていた。


 名取なとり 蓮れん


 そう見えるはずの名札には、今名前が一つも見えない。その意味を……名前が消されている意味を、俺は知っている。そしてその名無しが、俺に名前を教えてくれたことを、心の底から嬉しく思うんだ。


 今日の卒業は、始まりのための終わり。俺はまだ気付いちゃいないけど、クラスメイトを卒業する俺たちは、明日からまた新しい関係性を築いていく。締め付けられるような愛しさと切なさは、新しい俺達の未来への期待だ。

 始まりのための終わりを、これから先、あと何度か繰り返して、きっと俺たちは―――



 恋に落ちる。




【Fin.】
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