その恋は密やかに ~貰ったのは第二ボタンじゃない~

2wei

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 11月。席替え。俺の後ろの席になった男子生徒は未だかつてまともに喋ったことのない物静かな生徒だった。こいつは目立つこともなく疎まれることもない、平凡で普通を愛する完全なモブキャラ。ただ一つ、その身長は俺よりも高い。

「なぁ、名取。お前進路決まってる?」

 尋ねると名取は無表情で頷いた。

「決まってるよ。△□大学の経済学部に行く」
「立派だねぇ」
「そりゃどうも。鈴加くん、悩んでるの?」

 尋ねられて返答に迷った。けどこういう何の害もないモブキャラみたいな男こそ、案外答えを持っていることがある。

 キョロっと辺りを見渡し、声のトーンを落として相談を持ちかけることにした。

「俺、モデルになれると思う?」

 席替えしたばかりでガヤガヤとうるさい教室。名取は俺の言葉に分かりやすく呆れ顔を返してくれた。しかも、は?とひんやりした音声付きでだ。

「あ、いや。勘違いしないでくれ。人探しをしてて。倉本に "だったらモデルになればいい" って言われたんだよ」

 あまりに酷い態度を取られたため、慌てて弁解したが、この白けた態度を名取は崩さなかった。

「人探しなら警察に行った方がいいんじゃない?」

 ごもっともである。だがしかし。

「いや、ちがくて。名無しのモデルを探してるんだ」

 名取の眉間は更に寄った。更に寄ったが、俺の内緒話に前のめりだった姿勢を正して椅子の背もたれに深々凭れかかると、思ってもみない質問をされてしまった。

「その人を探し当てて、どうするつもりなの?」

 それはあまりに予想外の質問であり、当然の疑問であった。同時に俺はその質問の答えをまったく持ち合わせていないことに気付いた。

「あ……考えてなかった」
「出直してきなさい」

 呆れ声でぴしゃりと言われた。けど、メガネの奥の瞳は俺をバカにすることもなくそっと伏せられた。そして席移動で乱れた机の中を簡単に整頓し始める。長めで重めの前髪は、元より眼鏡でよく見えない目元を更にと隠したがっているようだ。地味でモブで平凡。けどその耳にはピアスホールが開いていた。

 ちょっと意外にも思えるそのピアスホールに、俺は思わず手を伸ばしていた。

 ちょんっと触れた耳朶に、名取は驚いて身を引くと、上ずった声を出した。

「なななっ、な、なに!?」
「あ、ごめん。ピアス開けてんだな~と思って」

 こういうモブキャラっぽい男子は大抵オシャレには疎くて、成績もスポーツも普通で、読書が趣味とか言い出したりするんだよ。それが "普通" の鑑ってもんだ。
 なのに普通を絵に描いたような名取に、なんでピアスホールがあるんだよって話で。意外すぎるだろ。

「……っ、いいだろ別に。学校にはしてきてないんだから」
「普段は付けてるんだ」
「ナニカ モンダイ デモ !?」

 刺々しく言い返されて、俺は首を振った。

「別に」
「君はモデルを目指せるくらい容姿に自信があるんだろうけど、俺みたいなフツメンがお洒落しちゃダメなんて法律はないからね? 覚えておいてもらえるかな、イ ケ メ ン くん」

 えらく殺気立ちながら、分かりきっている忠告を浴びせてくる。名取はモブキャラにしては結構はっきり自分の意見を言うらしい。ニュータイプだと思う。

「名取って、モブキャラ演じてる系?」

 何気ない言葉のつもりだった。そこに何かを疑っていたわけでもない。聞いておきながら、モブはモブだと信じきっていた。

 なのに名取は息を飲み、動揺した瞳を浮かべるものだから、俺の方が驚いた。かくんと首を傾げると名取は慌てた様子で顔を背け、「そんなわけあるかよ」とそんなわけ有りそうな雰囲気で呟いた。

 ……ふ~ん。ワケあり……なのね。

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