とけてつぶれる

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とけてつぶれる

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 泣き声とも取れる声に、庄野はゆっくり唇を離すと、本当に永井が涙を流していることに驚愕した。

「ぁ……、す、すみません!」

 後退り、僅かに距離をとる庄野へ、永井は手元にあった消しゴムを投げつける。

「いてっ!」

 至近距離から消しゴム。避け切れるはずもない。

 永井は涙を拭い、痛いほど掴まれていた手首が、ほんのり赤らんでいることにぎゅっと唇を噛み締めた。抵抗出来ないことの恐怖を、こんな形で知るなんて、不本意すぎて腹が立った。
 成人になったばかりのクソガキに力負けするなんてと、永井のプライドが怒りに震える。だが、それを無駄に庄野にぶつけたりはしない。ぐっと怒りや悔しさを堪え、椅子ごとくるりと背を向けた。

「言っとくが、俺はネコじゃない。リバでもない。男が対象であることは認めるが、お前みたいなジャリを相手するつもりはない」

 そうやって壁を作って、自分さえも本当の気持ちが見えなくなるほどの鉄壁を築いてゆく。永井は恐ろしく器用で、がっかりするほど不器用なのだ。

「ジャリ……っすか」

 庄野は項垂れ、転がっている消しゴムを拾うと、パソコンと向き合っている永井の後ろから手を伸ばし、机にそれを置いた。そしてそっと永井を抱きしめる。頼りない背中に見えたから。

「……聞こえなかったのか。相手しないと言ってるんだ。離れろ」
「だったら、振りほどいてください」

 振りほどくことなんて簡単だった。さっきのように力づくで抑え込まれているわけでもない。だけど例えば、こうやって抱きしめてくれる存在があいつならと思い、永井はゆるゆると頭を振った。

「振りほどかないんですか?」

 耳元で聞こえる声。
 永井は庄野の腕を振り解く様に立ち上がると、目を丸くしている彼を睨み、開け放したままの機材庫へ押しやる様に詰め寄った。

 立ち上がるとよく分かる。身長差は歴然。永井は覆い被さるように庄野へ影を落とす。
 バタンっと機材庫の扉を閉め、腕を掴んだ。

「しゃ……社長」
「もう一度言っておく。俺はタチだ。俺を煽った落とし前はてめえでつけろ。覚悟がないなら、今すぐ帰れ」

 昔なら、こんな逃げ道作りもしなかった。なのに ”帰れ” なんて逃げ道を用意して、やはり有耶無耶にできる道を選んでしまう。

 逃げろ、帰れ。ここから消えろ、と。

 しかし、庄野は無抵抗のまま永井を見つめ、あの男にそっくりな哀愁に満ちた瞳を向けてきた。
 同情されているような気がして、そんな目で見るなと、掴んでいた腕をそのまま突き飛ばした。
 庄野は棚にぶつかって止まると、ぷくっと頬を膨らます。

「なんだよ、最初に煽ってきたの社長じゃん。そりゃないっすよ」

 庄野はニットとインナーをおもむろに脱ぎ去ると、上半身裸のまま、今度は永井に詰め寄った。

「覚悟なんてつける必要ないっす。だって俺、ネコっすから」


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