セカンドココア

2wei

文字の大きさ
上 下
4 / 21
side 亮介

しおりを挟む
 母親に迎えに来てもらおうか。一応お遣い頼まれてるわけだし。そんな事を思いながら屋根のある場所から外をじーっと眺めていた。だが電話をしたとして、あの母が素直に迎えに来てくれるだろうか。時間も時間だ。夕飯の準備してんだから一人で帰ってこい、と言われること請け合いである。

 となると、定時上がりの父にお願いするか。いや、定時かどうかも分かりはしないが、電話してみる価値はあるだろう。よし、そうしてみよう。傘はあるが、迎えに来てもらえるならそれに越したことは無い。

 鞄の中から携帯を取り出そうとした時、俺の足元に黒い定期入れがパサリと落ちた。
 二つ折りのそれは中身が見えるように俺のスニーカーの上に落ち、定期と一緒に入っていた運転免許証がしっかりと目に入った。

「あ、すみませんっ!」

 真隣で聞こえた男性の声。

 あれ?と考えるよりも先に、体が勝手に定期入れを拾い上げた。

 見覚えのある定期入れ。
 聞き覚えのあるその声。

 そして忘れるはずもなかった免許証の名前。


 日下 比呂人


 簡単な字ばかりだと思った、あの寒い冬の夜。
 手渡されたココアが安心するほど温かくて、彼が落としていった定期入れの免許証を見て、そう……単純な字ばかりだな、と思ったんだ。

 だから、忘れるはずがない。
 忘れるつもりだって微塵もなかった。
 あの時、夜だったから彼の顔をしっかりと見ることが出来なかったけど、分かっていることは一つ。

 俺と背丈が変わらないってこと。
 俺で一八三cm。そこそこな長身であると自負しているけど、そんな俺と変わらない身長だった。
 見間違うはずない、記憶違いなはずもない。

 あなたは……あなたはあの時の──。


「ご無沙汰しています、日下さん……っ!」


 驚いた顔をした彼は、明るい蛍光灯の下で見ると、あの夜に見た印象よりずっとずっと若くて綺麗な男性だったことが分かった。


 俺、あなたにもう一度会いたかったんです!


 この再会を、俺は奇跡だと思った。すごくすごく嬉しかった。
 それだというのに、「どちら様?」と言いたげな瞳で、困ったように微笑まれ、首まで傾げられてしまった。


 ……え? あれ? 俺のこと、ご存知ない?
 ほら……、あれ? 俺今変装してるっけ?

 思わずサングラスを取らなきゃ!と思ったけど、残念なことにそれはTシャツの胸元に引っ掛けられていた。もちろんだが、マスクも帽子もしていない。どこからどう見たって、俺、今 "加藤亮介" だろ!? この身長だし! つぅか、あの冬のことだって、俺だって分かってて声掛けたんじゃないのか!?

 え? どういうこと!?


 完全に困惑した。

「お店……のお客さん……でしたっけ?」

 違う違う! 違うよ、馬鹿! 加藤亮介だよ! お店ってなんだよ、何の店だよ! 店であんたと出会って仲良くなった記憶はこっちにだってねぇよ!

 困惑していたのはどうやら俺だけではないらしく、日下さんも一生懸命に思い出そうとしている。スーツ姿の日下さん。あの冬もスーツを着ていた。一般的なサラリーマンとして、取引先の人間の顔でも思い出しているのだろうか。そりゃ忘れちゃマズイかもしれないが、そうじゃないからね!?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

エンシェントリリー

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。

当て馬系ヤンデレキャラになったら、思ったよりもツラかった件。

マツヲ。
BL
ふと気がつけば自分が知るBLゲームのなかの、当て馬系ヤンデレキャラになっていた。 いつでもポーカーフェイスのそのキャラクターを俺は嫌っていたはずなのに、その無表情の下にはこんなにも苦しい思いが隠されていたなんて……。 こういうはじまりの、ゲームのその後の世界で、手探り状態のまま徐々に受けとしての才能を開花させていく主人公のお話が読みたいな、という気持ちで書いたものです。 続編、ゆっくりとですが連載開始します。 「当て馬系ヤンデレキャラからの脱却を図ったら、スピンオフに突入していた件。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/239008972/578503599)

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

残念でした。悪役令嬢です【BL】

渡辺 佐倉
BL
転生ものBL この世界には前世の記憶を持った人間がたまにいる。 主人公の蒼士もその一人だ。 日々愛を囁いてくる男も同じ前世の記憶があるらしい。 だけど……。 同じ記憶があると言っても蒼士の前世は悪役令嬢だった。 エブリスタにも同じ内容で掲載中です。

処理中です...