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第二十章:引き換えチケット

ーside 比呂人ー 1

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 仕事が終わり、風呂を入れて、スーツを脱ぐ。一つに束ねている髪をほどいてコーヒーを淹れた。晩ご飯を食べようと思って炊飯器を開けたけど、そういえば今朝平らげていたことに開けてから気付いた。

「はぁ……面倒だな」

 パスタはある。乾麺とレトルトのソースさえ温めれば晩ご飯にありつける。だけど僕はそれすらも面倒臭かった。

 自分の誕生日だというのに何ひとつ楽しくなく、何もかもが煩わしい。

 亮介の突然の引越しで路頭に迷ってしまった僕は、もう確実にすべてを諦めてしまっていた。彼に会うことも、礼を言うことも、手袋を返すことも、もちろん面と向かって話すことも、気持ちを伝えることも、何もかもが不可能になってしまっている。
 あの病院での夜を思い出しては、胸が苦しくなって、泣きたいほど愛おしかった。
 朝起きて脳が覚醒を始めると、必然的にあの日のことが蘇る。仕事中でも、亮介の手の温もりを思い出しては、何度も息が詰まりそうになる。
 倒れている僕を放っておくことも、救急車に押し込んで手を振るだけでも良かったのに、亮介はわざわざ僕に付き添い一夜を共に過ごしてくれた。

 手を繋ぎ、僕の隣に寄り添うように優しい顔で眠っていた。朝までずっと一緒に。

 どうしてもっと早く目が覚めなかったんだろうとか、夜中目が覚めた時、どうして夢だと決めつけたんだろうとか、夢でも何でも……どうして話しかけなかったんだろうって……毎日、毎日、どうしようもない後悔に苛まれる。

 誕生日の夜は毎年つまらなかったけど、今日ほど泣きたい夜はなかった。

 亮介と出会ってから、たった一度だけ祝ってもらった誕生日。いつもよりうんと腕をふるってくれた手料理。

『本当はうまいホテルのレストランにでも連れて行ってあげたかったんだけど』

 首を振ろうとした僕より先に、亮介は少し恥ずかしそうにこんなことを続けて言った。

『でも出掛けたらくっつけないだろ?』

 そうやって亮介は、たまに寝ぼけたことを言う男だった。

『今日はいっぱい甘えていいぞ』

 赤い顔をして、照れ隠しみたいにそんなことを言うから、本当は亮介が甘えて欲しいんでしょ、と返事したら、怒ったように頬を膨らまし、

『うるせぇ! もうしらねぇ!』

 と、いつもみたいに罵声を飛ばされた。

 楽しかった誕生日。

 たった……たった一度しか祝って貰えなかったけど、あんなに幸せな誕生日は久しぶりで、僕は亮介にとても感謝したんだ。そしてもっと好きになった。

 あの時貰った誕生日プレゼントは、亮介と別れた日からずっと仕舞い込んだままだ。目を見張るほど美しいシャンパンサーベルと、ソムリエナイフ。仕事でワインを扱う僕のために、きっと亮介は必死に選んでくれたんだろう。だけどシャンパンサーベルは未だかつて使った試しがない。どうせなら店が一番盛り上がるクリスマスシーズンに使おうと勿体ぶってしまったせいで、それは敢え無く封印されることになった。

 十二月十六日。あと一週間後には使うはずだったのに、シャンパンサーベルは我が家から持ち出されることはなかった。

 リビングに隣接している部屋のドアを開け、突き当たりのキャビネットを僕はそっと引き出した。
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