上 下
144 / 160
第十九章:運命は暗がり

しおりを挟む
 泣き崩れ、その場に座り込んだ俺の腕を小形は強引に引っ張り上げると、すぐ近くにあるソファに俺を座らせた。そして向かいの席に腰を下ろすと、ずいっとティッシュの箱をこちらに寄越し、真剣な瞳で俺を見据えた。

「正直、分からない」

 男同士の恋愛の話だろうと思った。俺がこんなになってまで比呂人を愛することが、きっと理解できないんだろう。健全な男ならそれが普通だ。俺だって、本来はそっち側に居たからよく分かる。小形に無理に理解してもらおうなんて、俺だって思っちゃいない。
 しかし、続けられた小形の言葉は、俺の息の根を止めるほどのものだった。

「あの人、結婚してるかもしれない」

 どれだけ……俺は息をしていなかっただろう。

 おいっ、と声を掛けられ、ようやくひゅっと息を吸い込むと、それを吐き出す瞬間……また枯れない涙が溢れた。
 うな垂れ、情けないくらい泣く俺に、小形は泣くなと呟いた。

「確かな情報じゃない。あの人、何も答えなかった。……冷たくて、淡々としてて、表情ひとつ変えず、冷酷な男だと思った」

 小形の言葉は、よく理解できた。投げ捨てられた荷物と、閉められた玄関。
 あの人は、一度決めると絶対に覆らない。振り向かない。腹が立つほど潔くて、媚びない。

 願っていたんだ。いつか比呂人が、俺しか見えなくなれば……いいって。アイドルの俺にじゃない。何も飾らない本物の俺に。好きだと、離れたくないと、側に居てと、そんな言葉をいつか言わせたくて、そんな日をずっとずっと待ち侘びて……願って止まなかった。
 けど、その言葉をそのままそっくり言わされたのは……俺の方だったな。

 結婚していても不思議じゃない。俺は比呂人の、そんな平凡な幸せを願うと決めたから、悲しいわけじゃない。……悲しいなんて思うのは、おかしい……。

「あの住所録を渡した時。正直、全然期待できない対応だった。会いに行くなんて、しかも吹雪の中、何時間も待ち続けるなんて……、ごめん、俺も思ってなかった」

 小形は、どこか申し訳なさそうに一度目を伏せ、再び俺を見た。

「だから俺は、あの人がよく分からない。どういう人なのか、なんでお前がそんなに好きなのかも、全然分からない」

 ほっとけよ、と思った。比呂人を理解しようなんて、一度や二度しか会ったことのないやつに分かるはずがない。俺ですらよく分かってねぇのに。

「でもさ。俺、これ奇跡だと思うぞ?」

 奇跡

 小形の言葉に、心の真ん中に僅か……熱を感じた。

「どういう風にお前らが再会したかは知らないけど、そもそもヒロトさんが会いに行ったことが奇跡だろ」

 そうだと思わないかと付け加えられ、確かにその通りだと思った。結婚していたなら尚更だ。
 小形の言葉は、バカみたいにすんなり俺の中に入ってきて、全然会話の出来なかった二ヶ月あまりの空白がまるで嘘みたいで、「あぁ……やっぱりこいつは俺の親友なんだ」って、泣きたいくらいに思った。 

「会って、話せたのか?」

 小形の声は涙を止めようと必死になる俺に聞き取れるよう、一字一句はっきりと発音しているようだった。ティッシュを数枚取って涙を拭い、素直に首を振った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

おデブだった幼馴染に再会したら、イケメンになっちゃってた件

実川えむ
恋愛
子供のころチビでおデブちゃんだったあの子が、王子様みたいなイケメン俳優になって現れました。 ちょっと、聞いてないんですけど。 ※以前、エブリスタで別名義で書いていたお話です(現在非公開)。 ※不定期更新 ※カクヨム・ベリーズカフェでも掲載中

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...