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第十九章:運命は暗がり

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 涙が出そうだった。蘇る記憶は、忘れていたはずの愛おしい比呂人の姿ばかりだ。悪夢に魘された十二月十六日の記憶は、正月以来一度だって蘇らない。
 大好きだった比呂人の記憶ばかりが、ポロポロと溢れて、毎日ひとつずつ幸せだった時間が記憶に蓄積されていって……。二年経って、ようやく俺は比呂人との思い出をファイリングしている。こんなの狂ってるだろ。
 けど、そうやってひとつずつ整理していかなきゃ、俺はいつまで経っても十二月十六日の記憶に壊され続けて、前になんか進めない。比呂人との幸せな時間を思い出して、噛み締めて、忘れないように記憶して、そうやって少しずつ……少しずつ。

「でも、俺は良くも悪くもアイドルで、お前だって……、お前だって分かんだろ!? 取捨選択しなきゃなんねぇんだよ!!」

 涙を堪えて俺は叫んでいた。

「俺があいつを選んでもいいって言うのか? 全部かなぐり捨ててあいつのトコに帰っていいって、お前そんな無責任なこと言えんのかよ!?」

 そんなどうしようもないことを口走って、メンバーの不安を煽り……俺はどうしようって言うんだ。
 案の定、メンバーは息を呑み……蒼白とした。
 事の重大さに、小形以外も気付いている。俺が去年の十二月、飯すら食べなかった理由をなんとなく理解したかもしれない。

 違う……違うんだよ。メンバーを不安にさせたいわけじゃない。codeを辞めたいわけじゃない。……だって──。

「あいつ……、アイドルの俺が好きだった……。目の前に居るのに、嫌ってほどテレビに釘付けだった」

 俺の出演する番組を片っ端から録画予約して、ライブDVDも飽きるほど観て、テレビなんかまったく興味ないくせに、呆れるほど俺の出ている番組だけは見ていた。仕事をしている俺が好きなのかって聞くと、比呂人はこんな返事を寄越した。

『うん、喋り方が可愛いからね』

 どんな理由だよって、あの時は理解出来なかった。けど、今なら分かる。たぶん、俺にもっと優しくして欲しかったんだ。平気でファンに好きだとか愛してるとか言う俺を、比呂人は……どんな気持ちで見てた?

『コンサートには二度と行かない』

 どれどけ不安にさせていた? どれだけ我慢してた? どれだけ腹を立ててたんだよ。
 なんで俺……、アイドルなんかしてんだよ。

 だけど、歌番組で歌って踊る俺を見つめる比呂人の目は、間違いなく ”恋” してた。自惚れなんかじゃない。

『かっこいい』

 たった一度だけ、聞こえないほどの呟きを、俺は聞いた。
 だから俺は、比呂人の大好きだった ”アイドル加藤亮介” を守らなきゃいけない。喋り方が可愛いと言われたアイドルの俺を、比呂人が嫉妬するくらいフェミニストなアイドルの俺を、あの男にかっこいいと言わせるくらいのアイドルである俺を……守り通すことこそが、今の俺の務めで、比呂人への恩返しなんだ。

 アイドルの俺を誰より応援してくれた。母親なんかより、よっぽど応援してくれていた。

『こんなとこで足踏みしてちゃダメだ。亮介は、もっと高見を目指して』

 なんでアイドルなんてしてるんだろうなんて、もう自分の中で整理がつけられない。アイドルなんてしていなかったら、比呂人はきっとそんなこと言わなかった。けど、アイドルを今も続けているのは比呂人がこんな俺を好きだったからで……。

 ……もう、自分でも意味わかんねぇよ。
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