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第十八章:追いかけっこ

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 翌朝七時。俺は目を覚まし、熱の引いている比呂人の額に触れて安堵の息をついた。顔色も、昨夜より随分よくなっているように見える。このまま問題がなければ今日中に退院できるだろう。

 ベッドに頭を預けたまま、俺はぼんやりと比呂人の寝顔を見つめた。彼の奥にあるテレビ台の上には小さな鏡餅が置いてある。
 正月だな……と思い、ふと仕事に行かなくていいのかと疑問に思った。俺は十日ほどの休みがあるから構わないが、比呂人は店長だ。休みだと連絡を入れなければいけないのではないかと思い、ガバッと上体を起こしたが、すぐに思い直した。

 そういえば、比呂人の店は三が日きっちり休むんだったと。そして同時に思い出す。正月休みが比呂人の唯一の楽しみだったな、なんて。土日休みなんてあるわけないし、ゴールデンウイークも盆休みもない比呂人は、正月休みだけが年間を通して唯一世間と休みが被る日だった。あまつさえ、直前のクリスマスは一年中で一番忙しい。イライラしていたことを、今になって思い出した。

 ……そうか。だから三年前のクリスマスが思い出せなかったんだ。

『クリスマス? どうでもいいよ、そんなの。僕の誕生日じゃないし』

 色も素っ気もないことを言って、比呂人は洗濯物を干していたな。

『プレゼントもいらないからね。ちなみに僕も用意しないよ。忙しくて買いに行く暇もないしね』

 あっけらかんと言われたことを、今やっと思い出す。
 特別な夜じゃなかった。プレゼントなんて受け取らないとまで言った比呂人のせいで、ロマンチックの欠片もない一日だったけど、甘党の比呂人のためにケーキだけは買って帰ったんだった。

 すやすやと穏やかな寝息を立てている比呂人の髪を撫でる。

「おつかれさま……」

 きっと今年も忙しかったんだろう。
 ほら、比呂人の大好きな正月休みだぞ……? こんなトコで寝てる場合じゃねぇだろ。起きろよ、早く。お前一体誰に会いに来たんだ? もしも俺なら、早く目を覚ませ。俺はここにいる。……なぁ、比呂人。

 握ったまま、一晩中離さなかった手。比呂人の手は大きい。それは細く長い指のせいだろう。そっと指を絡めて握る。

 覚えておこうと思った。きっともう会うことはない。本当は目を覚ますまで一緒にいたい。俺の名前を呼び、優しく微笑む顔を見たい。
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