ココア ~僕の同居人はまさかのアイドルだった~

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第十七章:大晦日の夜

ーside 比呂人ー 1

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 線の細い字。正確な住所が分からないのか、駅の名前とマンション名、簡単な地図が記されてある。乱雑に書かれてあるのは『駅近・桜並木沿い』の文字。

 地獄のクリスマスを終え、年末。今年最後の営業を終えて、十二月三十一日、僕は深夜家を出た。

 街は少しも眠っていない。そこかしこに人が溢れ、イルミネーションも眩しい。みんな浮き足立ち、めかし込み、寒さに身を寄せ合って歩いている。

 今年新調したダウンジャケット。学生時以来、ダウンなんて着ていなかった。仕事を始めてからは、スーツに合うようにといつもウールのコートばかりを選んで買っていたけど、今年、なんとなくダウンを買った。いつも気に入って通っている店で、店員に勧められて買った。

 ……いつからだったかな。あの店に、見慣れたサインの入ったTシャツが飾られるようになったのは。初めて見つけた時、誰のサインだと一応聞いてみたが、スタッフは教えてくれなかった。そりゃそうだ。亮介の事務所は原則サイン禁止のはずだから、こんな目立つ場所にサインなんかしたら大目玉を食らうだろう。亮介が口止めしているに違いない。

「最近、その人来ましたか?」

 サインを指さし尋ねてみると、店員はニッコリと微笑んだ。

「同じダウンを買って行かれましたよ」

 色違いだと言われたこのダウンジャケット。レジでお釣りを受け取りながら、早くも返品しようかと思ってしまった。亮介とお揃いの服なんて………冗談じゃない。

 そんなことを思いながら、僕の口は勝手に開いていた。

「どうせ黒だろ、あいつのことだから」

 店員が驚いた顔で僕を見たから、はっとして口を噤んだ。

 クリーム色したダウンを抱きしめる。冗談じゃないなんて思っているくせに、結局僕は毎日このダウンを着込んでいる。

 街を歩きながら、吐き出す息の白さに寒さを感じた。
 随分伸びてしまった髪。前髪はセンターで緩やかに分かれ、俯いて歩く僕の目の前をゆらゆらと揺れ動く。別に髪を伸ばしているわけではないのだけど、タイミングを逃して伸びてしまった。ただ寒い冬には、この長い髪が良い風除けとなってくれている。さすがに営業中は一つに束ねているが、それ以外は髪を下ろしていた。

 街を歩きながら、僕はポケットの中の住所録をただいじっていた。
 手袋を忘れて出てきてしまった僕の手はもう悴んでしまって、ポケットの中で痛いほどひんやりしている。

 どこに向かっているのか自分でも分からない。
 亮介のマンションは、僕の家から歩いていけるような場所じゃない。分かっているけど、僕はただ歩いた。

 迷っているんだ。会いに行くべきかどうか。
 それでも『あんたにしか救えない』と言った小形くんの言葉が頭の中でこだまし続ける。
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