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第十六章:トラウマと協力者
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落ち着くんだ……思い出しちゃいけない。これ以上はダメだ。
「もう二年も前ですよ? 今更何をしたなんて、……勘弁してくださいよ」
僕は乱れたカッターシャツを整え、曲がったネッカチーフをきゅっと締め直した。
「もう忘れましたよ、彼のことなんて」
小形くんは何も言わず、僕を睨みつける。指一本動かさず、じっとサングラスの奥から僕だけを睨む。それは逆に僕の動揺を誘った。何か言い返してくれた方がうまく切り抜けられる気がしたが、彼は無言で圧力を掛けて来るだけだった。僕は、こういう沈黙に……弱い。心が焦る。全て見透かされているようで不安に駆られる。ダメだと分かっているのに、ポロポロと亮介との思い出が溢れ出す。
いつか居なくなる。
いつか僕は彼と離れる。
必死に記憶した思い出は、こんな時……とんでもなく邪魔だ。
思い出したくないんだ。忘れたいんだ。辛いんだよ。また簡単に好きになってしまう。記憶の中の亮介に……僕は何度だって恋をしてしまうから。
そんなどうしようもない繰り返し、もう止めにしたいんだ。このループから、抜け出さなきゃならないんだよ。
「あなたが何を知っているのかは存じませんが、もう二年も前のことです。時効でしょ。もうほっといてください。僕は静かに暮らしたいんです」
そうだ。その通りだ。自分の言葉にひどく納得する。
「僕は僕で、もう別の暮らしが始まっているんです」
平凡だけど平穏な生活を、僕は手に入れる。必ず取り戻すんだ。
そのために引っ越した。……そのために。
僕らはもう完全に終わっている。今更何をしたなんて可笑しな話だ。もう僕らは過去形なんだから。
真実を彼に話したところでどうなる? 今からでも謝りに行けなんて言うんじゃないだろうな。二年だぞ? 誰が聞いたってもう終わっている。亮介だって今更僕の謝罪など受け入れ難いだろう。迷惑千万に違いない。
そもそも、僕らは当時本気で愛し合ってたんだ。真剣に交際してた。その先の問題について他人にとやかく言われる筋合いなどない。別れたのだって、裏を返せば小形くんのためでもあるだろう。彼をアイドルという確立された舞台から引き摺り降ろそうと思えば、きっと出来たんだから。
だって亮介は僕しか見えてなかった。
好きだ、離れたくない、僕だけの亮介になってなんて、そんな事を言ってしまったら、きっと亮介は平気で肩書きを捨てただろう。
小形くん……、君は僕に感謝しなきゃならないはずなんだよ。君の親友の ”アイドル” を守ったのは、僕だ。
「仕事中なので、失礼します」
踵を返す。
これ以上は危険だ。記憶の中の亮介がまた日常を支配する。僕一人で、また無意味な足踏みを続けてしまう。
思い出すな……思い出すな。忘れるんだ……!
だけど、店の扉に手を掛けた時、小形くんは口を開いた。
「結婚したのか?」
僕は飲食業だ。結婚指輪を外して仕事をしているという可能性を、小形くんなりに推測したのだろう。
「……答える義務はありません」
「ある」
間髪入れずに言われた。まるで僕がそう返答すると分かっていたかのような早さだった。
さっきまで指一本動かさなかった小形くんは、一歩二歩と僕に歩み寄り、ドアノブを握る僕の手をがっちり掴んで引っ張った。両腕を取り、正面に向き直される。
ずれたサングラスを直そうと右手を僕から離したけど、僅か……考えてから、ぱっとそれを外した。
強烈に整った顔が露わになる。さすがにグループのエースなだけはある。亮介も死ぬほどカッコイイなんて思ったけど、近くで見る小形くんは圧巻の美形だった。
しかしその目は、思っているよりも……怒ってはいないように見えた。
「もう二年も前ですよ? 今更何をしたなんて、……勘弁してくださいよ」
僕は乱れたカッターシャツを整え、曲がったネッカチーフをきゅっと締め直した。
「もう忘れましたよ、彼のことなんて」
小形くんは何も言わず、僕を睨みつける。指一本動かさず、じっとサングラスの奥から僕だけを睨む。それは逆に僕の動揺を誘った。何か言い返してくれた方がうまく切り抜けられる気がしたが、彼は無言で圧力を掛けて来るだけだった。僕は、こういう沈黙に……弱い。心が焦る。全て見透かされているようで不安に駆られる。ダメだと分かっているのに、ポロポロと亮介との思い出が溢れ出す。
いつか居なくなる。
いつか僕は彼と離れる。
必死に記憶した思い出は、こんな時……とんでもなく邪魔だ。
思い出したくないんだ。忘れたいんだ。辛いんだよ。また簡単に好きになってしまう。記憶の中の亮介に……僕は何度だって恋をしてしまうから。
そんなどうしようもない繰り返し、もう止めにしたいんだ。このループから、抜け出さなきゃならないんだよ。
「あなたが何を知っているのかは存じませんが、もう二年も前のことです。時効でしょ。もうほっといてください。僕は静かに暮らしたいんです」
そうだ。その通りだ。自分の言葉にひどく納得する。
「僕は僕で、もう別の暮らしが始まっているんです」
平凡だけど平穏な生活を、僕は手に入れる。必ず取り戻すんだ。
そのために引っ越した。……そのために。
僕らはもう完全に終わっている。今更何をしたなんて可笑しな話だ。もう僕らは過去形なんだから。
真実を彼に話したところでどうなる? 今からでも謝りに行けなんて言うんじゃないだろうな。二年だぞ? 誰が聞いたってもう終わっている。亮介だって今更僕の謝罪など受け入れ難いだろう。迷惑千万に違いない。
そもそも、僕らは当時本気で愛し合ってたんだ。真剣に交際してた。その先の問題について他人にとやかく言われる筋合いなどない。別れたのだって、裏を返せば小形くんのためでもあるだろう。彼をアイドルという確立された舞台から引き摺り降ろそうと思えば、きっと出来たんだから。
だって亮介は僕しか見えてなかった。
好きだ、離れたくない、僕だけの亮介になってなんて、そんな事を言ってしまったら、きっと亮介は平気で肩書きを捨てただろう。
小形くん……、君は僕に感謝しなきゃならないはずなんだよ。君の親友の ”アイドル” を守ったのは、僕だ。
「仕事中なので、失礼します」
踵を返す。
これ以上は危険だ。記憶の中の亮介がまた日常を支配する。僕一人で、また無意味な足踏みを続けてしまう。
思い出すな……思い出すな。忘れるんだ……!
だけど、店の扉に手を掛けた時、小形くんは口を開いた。
「結婚したのか?」
僕は飲食業だ。結婚指輪を外して仕事をしているという可能性を、小形くんなりに推測したのだろう。
「……答える義務はありません」
「ある」
間髪入れずに言われた。まるで僕がそう返答すると分かっていたかのような早さだった。
さっきまで指一本動かさなかった小形くんは、一歩二歩と僕に歩み寄り、ドアノブを握る僕の手をがっちり掴んで引っ張った。両腕を取り、正面に向き直される。
ずれたサングラスを直そうと右手を僕から離したけど、僅か……考えてから、ぱっとそれを外した。
強烈に整った顔が露わになる。さすがにグループのエースなだけはある。亮介も死ぬほどカッコイイなんて思ったけど、近くで見る小形くんは圧巻の美形だった。
しかしその目は、思っているよりも……怒ってはいないように見えた。
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