上 下
93 / 160
第十二章:壁

しおりを挟む
 先に皿を平らげたのはシェフだった。
 デスクの上に置きっ放しになっている森本くんのタバコに手を伸ばし、シェフは勝手に一本頂戴した。僕のデスクにある灰皿を滑らすようにしてシェフへと差し出す。

 ここ一ヶ月。僕はまたタバコを始めた。
 短大を卒業すると共にやめたタバコ。念願のホテルマンとなったからには、臭いをつけてサービスしたくなかったから、タバコからあっさり手を引いたのだが、気持ちが不安定になると、どうしても吸いたくなってしまう。

 それでも亮介の前では絶対に吸わないと誓っている。また、無理をして吸うなんて言い出しかねないから。

 僕もピラフを食べ終え、自分のタバコに火をつけた。長い長い沈黙だった。きっとシェフは僕が話し出すのを待ってくれているのだろう。分かってはいたけど、僕は沈黙を貫いた。

 シェフが三度目の灰をトントンと叩き落とした時、沈黙は破られた。

「住む世界が違うだろ」

 的は外れていた。

「どれだけ近くても、遠いと思う瞬間があるんじゃないか?」

 だけど正解だ。間違っていない。近いのに遠い。いつ居なくなっても不思議じゃない。だって亮介はアイドルだ。絶対的な存在意義を大衆から求められている。僕一人が独占出来る権利なんて、大衆の前じゃないも同然なんだ。そして一度離れてしまえば、彼はきっと僕のことなんかすぐに忘れてしまうだろう。紛らわす方法なんか、嫌というほどあるに違いない。

 けど僕はそうはいかない。いつだってテレビで会える。ラジオで声が聞ける。これからの彼を雑誌やCDといった形で残していける。彼を見かけることなど容易い。
 普通の恋をし、愛し合い、それでも何かしらの理由で別れたとしても、その後は普通滅多に出くわさない。街でバッタリなんて、運命以外の何ものでもないだろう。

 けど、僕たちの場合は違う。というか亮介は違う。街でバッタリ出会える。街頭のテレビやポスター、本屋なんて最悪だ。ありとあらゆる場所で、僕だけバッタリ彼に出会えてしまう。

 これって、不公平だ。

「何があったかは知らないが、住む世界が違うからこそ、腹割って話さないと距離が出来る一方だぞ」

 腹を割って話す……。

 シェフの言葉に、確かにそうかもしれないと思った。
 怖いということも、勇気がないということも、自信がないってことも、全部ちゃんと伝えるべきかもしれない。
 ……それはつまり、亮介と体を交えることが先延ばしになるということになるけど、でも一緒に答えを見つけたい。一緒に答えを出したいから、まずは話し合うことが先決なのかもしれない。

「そう……ですよね。腹割って、話し合うべきですよね」

 きっと分かってくれる。きっと答えだって見つかる。確証なんてないけど、見つけなきゃならないんだ。
 だって亮介とひとつになりたいという思いだけは確かにあるから。


 シェフは優しく微笑み、頷いてくれた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

処理中です...