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第十二章:壁

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 先に皿を平らげたのはシェフだった。
 デスクの上に置きっ放しになっている森本くんのタバコに手を伸ばし、シェフは勝手に一本頂戴した。僕のデスクにある灰皿を滑らすようにしてシェフへと差し出す。

 ここ一ヶ月。僕はまたタバコを始めた。
 短大を卒業すると共にやめたタバコ。念願のホテルマンとなったからには、臭いをつけてサービスしたくなかったから、タバコからあっさり手を引いたのだが、気持ちが不安定になると、どうしても吸いたくなってしまう。

 それでも亮介の前では絶対に吸わないと誓っている。また、無理をして吸うなんて言い出しかねないから。

 僕もピラフを食べ終え、自分のタバコに火をつけた。長い長い沈黙だった。きっとシェフは僕が話し出すのを待ってくれているのだろう。分かってはいたけど、僕は沈黙を貫いた。

 シェフが三度目の灰をトントンと叩き落とした時、沈黙は破られた。

「住む世界が違うだろ」

 的は外れていた。

「どれだけ近くても、遠いと思う瞬間があるんじゃないか?」

 だけど正解だ。間違っていない。近いのに遠い。いつ居なくなっても不思議じゃない。だって亮介はアイドルだ。絶対的な存在意義を大衆から求められている。僕一人が独占出来る権利なんて、大衆の前じゃないも同然なんだ。そして一度離れてしまえば、彼はきっと僕のことなんかすぐに忘れてしまうだろう。紛らわす方法なんか、嫌というほどあるに違いない。

 けど僕はそうはいかない。いつだってテレビで会える。ラジオで声が聞ける。これからの彼を雑誌やCDといった形で残していける。彼を見かけることなど容易い。
 普通の恋をし、愛し合い、それでも何かしらの理由で別れたとしても、その後は普通滅多に出くわさない。街でバッタリなんて、運命以外の何ものでもないだろう。

 けど、僕たちの場合は違う。というか亮介は違う。街でバッタリ出会える。街頭のテレビやポスター、本屋なんて最悪だ。ありとあらゆる場所で、僕だけバッタリ彼に出会えてしまう。

 これって、不公平だ。

「何があったかは知らないが、住む世界が違うからこそ、腹割って話さないと距離が出来る一方だぞ」

 腹を割って話す……。

 シェフの言葉に、確かにそうかもしれないと思った。
 怖いということも、勇気がないということも、自信がないってことも、全部ちゃんと伝えるべきかもしれない。
 ……それはつまり、亮介と体を交えることが先延ばしになるということになるけど、でも一緒に答えを見つけたい。一緒に答えを出したいから、まずは話し合うことが先決なのかもしれない。

「そう……ですよね。腹割って、話し合うべきですよね」

 きっと分かってくれる。きっと答えだって見つかる。確証なんてないけど、見つけなきゃならないんだ。
 だって亮介とひとつになりたいという思いだけは確かにあるから。


 シェフは優しく微笑み、頷いてくれた。




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