ココア ~僕の同居人はまさかのアイドルだった~

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第十一章:繰り返しの日々

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「仙台、頑張って」

 一段高い敷居にいる彼を見上げて微笑んだ。

「ん。ありがと」

 静かに、柔らかい微笑みを浮かべて加藤君は頷く。こういう顔、たまに雑誌で見る。アイドル雑誌なんか恥かしくて買えないし、立ち読みもじっくり出来ないけど、どういうことを考えながらカメラに笑ってるのかな。

 今は……、僕だけであって欲しい。余計なこと考えないで、僕だけで頭がいっぱいだといい。僕と同じように、彼もそうであって欲しいと図々しくも思ってしまう。

「いってきます」

 背を向け、ドアノブに手を掛ける。
 三日間、彼には会えない。
 どうってことはない。けどきっと電話先の彼の声に、僕は恋しくなるんだろう。

 僅かにドアノブを捻った時。

「なぁ」

 少し強めに彼が僕を呼び止めたから、ぱっと振り返った。
 加藤君の大きな目、茶色い髪、凛々しい眉。どこを取っても最高傑作だろ。造形美だ。

「なに?」

 聞くと、加藤君はすごく躊躇いながら口を開いたけど、きゅっとすぐに口を閉じ、俯き、しばらく考え、やっぱり顔を上げると、もう一度ゆっくり口を開いた。


「あの……、キスしよっか」


 何を言い出すのかとビックリした。「へ?」なんて可笑しな声が出てしまう。そんな僕の態度せいか、加藤君はみるみる赤面すると慌てて首を振った。

「い、いや、ごめ……やっぱいい」

 ぷいっと顔を背け、「いってらっしゃい」とだけ言ってさっさとリビングへ戻って行く。

 キスしよっかって……加藤君、そんなこと言うタイプなんだ。なんか……、意外。てっきりそういうことは強引にするタイプかと思っていた。
 だけど不意に蘇る。

─ 俺、恋愛体質だから ─

 そういえば、そんなことを言っていた。僕の知らない加藤君の一面だ。
 アイドルという一面にはすごく寂しさを感じたけど、今のは……今のは、可愛すぎるだろ。

 僕は後ろ姿の彼に引き寄せられるように革靴を脱ぎ、仕事へ行くはずだったのに再びリビングに舞い戻った。
 ソファに座ろうとした彼を後ろから抱き締めると、驚いたようにビクっと体を跳ねさせる。持っていた鞄をひゅっとソファに投げると、彼の頭がそれを追った。
 抱き締める僕に、無抵抗な彼。マスカットの香りがするワックスを使っている彼からは、甘い匂いがした。前に使っていた香水は、最近使っていないみたい。きっと実家に置きっ放しなんだろう。

「遅れるぞ?」

 加藤君が後ろ姿のまま呟く。

「構わないよ。僕店長だし、遅れても怒られないから」

 明日、明後日と休日に入る。つまり両替をしに銀行にさえ行っておけば、後はスタッフ達だけでも充分オープン準備は出来るはずだ。出勤時間は厨房スタッフの方が早いから、すでに店の鍵も空いているし、なんら問題はない。
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