ココア ~僕の同居人はまさかのアイドルだった~

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第十一章:繰り返しの日々

ーside 日下ー 1

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「電話する」

 朝ご飯を作る彼の横顔が不意にそう言った。起き抜けの一杯にコーヒーを入れていた僕は、彼を振り返った。

「浮気しないように、毎日電話するから」
「しないよ、そんなこと」

 思いもよらない言葉に驚いた。仙台公演での遠征はたかが三日でしょ?

「わかんないだろ」
「そんなこと言ったら加藤君だってそうじゃないか」
「だから電話するって言ってんだろ」

 そう言って乱暴に返事すると、「あと!」と威勢良く付け加え、彼は僕を振り返った。

「もう加藤君って呼ぶな」

 昨日。いや、正確には今日になるんだろうけど、僕は加藤君を押し倒した。
 我慢出来なかった。不安で、怖くて、知りたくて、確かな事実が欲しくて、自信を持って愛されているんだって実感したかった。そしたら店にやってくる女の子達に負けない強さが持てる気がして……。

 自信がないから心が折れそうになる。彼女達の方がずっと彼にお似合いだと思ってしまう。彼はみんなのものだよねって思ってしまう。
 この不安に潰されないために、僕は彼に迫った。試すみたいに押し倒した。本当に僕の事を好きなら、嫌がらずに抱きしめてくれると……信じて。

 けど、実際は僕に覚悟がなかった。
 抱くことも抱かれることも、何一つ覚悟していなかった。加藤君の硬いものに触れた時、恐怖すら感じたんだ。

 彼はそんな僕に気付いて、すぐに離れてしまった。

 加藤君は優しい。……とても、優しい。

「じゃ……カトゥン?」

 絞り出した冗談。加藤君はぴくりと眉を動かし、温めていた味噌汁の火を止めた。

「ヒロトゥン」
「やめて!!」
「お前もヤメロ」

 約二週間ぶりに本気で笑った。声を出して笑えた。加藤君は、やっぱりお喋り上手な子だ。こんな彼に僕はいつも助けられていた。こういう加藤君を、僕はそう……ずっと前から好きなんだ。

 穏やかな、夏の朝。
 二人一緒にご飯を食べて、一緒に歯を磨き、一緒に髪をセットした。
 彼の出発時間は知らないけど、案の定僕が先に家を出ることになった。
 スーツのジャケットを羽織り、鞄を持って玄関に向かう。革靴を履いてから見送りに来てくれている加藤君を振り返った。

 いつからだったかな? こうやって玄関まで見送りに来てくれるようになったのは。もうここに立つ彼は自然で、これが当たり前みたいになっている。

 僕はどこまで彼を信用すればいいのだろうか。
 三十路を目前に迎え、正直無駄な期待なんてしたくはないんだ。そもそもこんな成熟しない恋をすることすらどうかと思っているくらいなのに。
 それでも後悔はしたくないから、加藤君を選ぶ。好きだという気持ちにだけは真っ直ぐでありたいと。

 昨夜は散々逃げられた。だけど最終的には優しく抱きしめてくれた。ちゃんと僕に感じてくれていた。でも、”かもしれない” 曖昧なまま、昨日だって曖昧な態度だったのかもしれない。だから僕を拒み、逃げ回ったのかな。それでも今朝、”浮気しないように” と電話を約束してくれた。
 これって……信じて大丈夫なんだよな? 信じ切るべきなんだよな? ……大丈夫……なんだよね?
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