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第十章:不安、戸惑い、それでも好き

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 好きかもしれないと言われた。
 かも、しれない……だ。かもしれないって、何だろう。加藤君も、まだこの厄介な感情をうまく処理出来ていないのかもしれない。
 僕だってそうだ。男を好きになるというのは、どうも女性を好きになる感覚と違う。可愛いの後ろには必ずカッコイイがくっ付いていて、それが自分の正常な感覚に弾かれそうになる。けど、弾かれそうになるそれが一番大切だとも分かっていて、頭痛を覚えそうなくらい混乱してしまう。

 加藤君は……、僕の何を好きかもしれないなんて思ったのだろう。男に好かれるほど僕は女っぽくないし、小さいわけでもないし、守ってあげたいようなキャラでもない。
 まぁ、そんなこと言ったら加藤君も物の見事にどれも該当してないけど……、でも加藤君は僕なんかより数倍カッコイイし、本物のアイドルなんだ。そもそも比べることが可笑しいだろう。

 ……好きなんて曖昧なもんだ。

 僕が抑制しなきゃいけない。”かもしれない” 相手に本気になるわけにはいかない。僕は男で、加藤君より七つも年上で、僕がしっかりしなきゃ加藤君はきっとズルズル駄目な方向に歩き出す。それだけはさせちゃいけない。

 加藤君は若い。まだ二十二歳だ。これからたくさんの人と出会って、色んなことを感じて、学んで、成長して、今よりずっと素敵な大人になる。
 僕がその足枷になってはダメだ。

 一緒に居たい、離れたくない、独り占めしたい、……触れたい。

 そんなこと……、どう考えたってタブーだろう。

 加藤君がアイドルじゃなかったら良かったのに……なんて。そんなこと今更すぎて、自分でも笑える。出会う前から彼はアイドルだ。出会う前から僕は彼のラジオを聞いていて、あの声に惹かれていた。
 そんな決定的な事実を今更嘆くのは可笑しい。

「今日もいるのかな」

 あの夜から加藤君は実家に帰っていない。正直今は会いたくなかった。仕事でヘトヘトな自分を見られるのも嫌だし、さっさと寝たいところに何かと喋らなきゃいけないのも少し面倒だ。

 けどそんなことより、加藤君を見ると否が応でも店に押しかけてくる女の子達の顔が思い返される。あの日捨てたプレゼントも思い出す。
 そして、おかえりと笑う加藤君にまた、性懲りも無くドキドキするのが……一番厄介なんだ。

 衝動がないわけじゃない。

 加藤君を意識し出したのは、きっとかなり前からだ。正体を知らない時から僕は加藤君に淡い気持ちを抱いていた。だから、今のこの状態に飛び上がる程の喜びを感じているのは確か。
 でも……、素直に良かったとは到底思えない。

 こんなことになるくらいなら、ずっと片思いのままで良かった。そしたらプレゼントはすべて受け取れる。加藤君のこれからを力いっぱい後押し出来る。

 けど、今はどうだ。背中を押すどころか足を引っ張りそうで怖い。キス以上をしたら、僕は間違いなく溺れる。……加藤君を離さなくなりそうだ。


 煙草を三本吸ってから、僕は重い腰を上げた。
 加藤君がきっと待っている。連絡は来ていないが間違いなく待っているだろう。

 じめじめした湿気達は、気分を害すくらい僕に纏わり付いて、この最悪の気分に拍車をかけているようだった──。

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