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第九章:ゼロ距離

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 テレビの前にしゃがみ込んでいる日下さんの背中を見つめる。また涙を拭い直す仕草。そして、すっくと立ち上がり、俺を振り返った。
 赤くなっている目が、俺を捉える。
 ヤバイ。俺いま、顔面緑色にでもなっているかもしれない。こんなに緊張したの……何年ぶりだろうか?
 だけど、視線を逸らすことも出来ない。答えを……、聞かなきゃ。

 日下さんは右手にディスクを持ったまま何か言いかけて、ぐっと口を噤むと俺の隣まで歩いてきた。そして左手が伸びてきて、俺は性懲りも無くドキっとして身を縮めたが、実際彼の手はDVDのケースを取っただけだった。

 どぎまぎしながら、すぐそこにいる日下さんをちらりと盗み見る。
 それに気付いた日下さんが俺に目配せして、ディスクをケースにカチっと収めると、それ持ったまま ”もう我慢の限界だ” と言わんばかりにくっくと肩を揺らして小さく笑った。

 な……、なにが可笑しいんだよ!! すげぇ失礼だな、てめぇ!!

 カッと顔が熱くなった。だけどすぐに日下さんは俺に向き直ってDVDケースを見せる。

「アイドルだろ? こんなの、全国のファンが失望する」

 あぁ……そうだろうよ。けどそれがなんだって言うんだよ。俺だって人間なんだ。人を好きになる感情くらい持ってる。女に取られるくらいなら男に取られた方がましって言い張る女は、世の中に溢れかえってるだろう。ファン一筋の芸能人なんか居るわけねぇんだ。

「バレなきゃ問題ない」
「僕に口止め?」

 日下さんは目を丸くする。
 あぁ、もうお終いだ。口止めとか言われた時点でこの恋は終わった。一人芝居な片思いだったな。

 自然とため息が出た。

「どうせ言えないだろ? 男から告白されたなんて」

 もはや投げやりだった。俺は日下さんから離れて、テレビの前に置き去りにされている自分の鞄へと向かった。

 傷は浅いと思い込む。好きだって気付いたのはつい最近だ。だからこんなの……なんてことないさ。ちょっと、人としても大好きで、尊敬出来て、すげぇ憧れていた人と、バイバイするだけ。

 なんてことないさ。

「確かに言えないね」

 後ろから聞こえる冷徹な返答。
 ……人として好き? 憧れ? 尊敬? いいや、この人たまに鬼だぞ。

 鞄を掴む。だけどその時気付いた。

 俺、手……震えてる。

 ぐっと力を込めて鞄を掴み上げるとそのまま肩に引っ提げた。一緒に暮らし始めておよそ一年。これで終わる……。昨日、草食系男子になると誓っておきながら、やっぱ無理だったな。そんでやっぱがっついたらこの結果だ。ざまぁねぇよ。

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