61 / 160
第九章:ゼロ距離
ーside 日下ー 1
しおりを挟む
いつもより半時間早く出勤した。既に厨房スタッフが一人出勤している。早いですねと声を掛けられ、僕は事務所に入る前に彼へと歩み寄った。
「今日はもしかすると、店が混雑するかもしれません」
きょとん、と音がなったかなと思うほど彼は目を丸くした。
「また、どうして? 夏休みだから?」
「いや、ちょっと……あぁ、そうか。夏休みか」
夏休みということを忘れていた。大学生も例外なく夏休みだ。思っているより噂は広まらないかもしれないな。
とはいえ、油断はしない方がいいだろう。大学生の情報ツールは馬鹿にならない。
「まぁ、とにかく。覚悟だけはしておいて貰えますか? 何もなければそれに越したことはありませんが」
彼は小首を傾げながら頷き、ちょっと多めに仕込みをしておきますと返事をくれた。
事務所に入り、昨日作成した貼り紙をラミネートする。
ご飲食以外の入店お断り
こんな貼り紙、絶対に出したくない。だけど万が一を想定しておかないと、僕のせいでスタッフに迷惑をかけてしまう。常連のお客様にだってそうだ。
貼り紙のラミネートを終えると、買い置きしておいたトレイを探す。ドリンクカウンターの棚に仕舞っておいたはずだ。
五枚見つかる。
「五枚も増えれば上等だろ」
新品の9タンも出しておいて方がいいかもしれないな。
ワンダース、箱ごと厨房に運び食洗機に掛けると、後ろから呆れたように笑われた。
「それ、新品ですか?」
「えぇ」
「またどうして?」
気になるのは分かるが……。
「それはミーティングでお話します。今は仕込みの数を余分に作っておいてもらえると助かります」
彼は肩を竦め、苦笑いだ。
加藤君の人気がどれほど店に影響を与えるか分からない。ただ西崎さん達の予想では大混雑で間違いないという。どこまで信用していいかは分からないが、ANNADOLは侮れないなんてギャル三人がバカみたいに騒いでいたから。
ANNADOLはANNA プロダクション所属のアイドル達の総称だ。僕でさえANNADOLという単語を知っているくらいだ。確かに甘く見ない方がいい。 とにかく今は準備出来ることをやり尽くさないと。
朝八時。
スタッフ達がチラホラと出勤してくる。厨房も僕の要請に応え、多めに仕込みを始め、ホールスタッフ達は店内の清掃に取り掛かる。
九時、冷やしておいたショーケースにケーキを並べ、僕はレジオープンの作業をこなす。コーヒーマシンを起動させ、ビールサーバーの栓も開く。ソフトクリームマシンの電源も入れ、はっと気付いた。生クリームの解凍を忘れている! 慌てて三本冷蔵庫へ移した。
その後は昨夜の洗い物を片付けたり、オープン準備に向けてスタッフ達とバタバタ動き回る。
十時半、厨房とのランチミーティングが始まる。予約状況の報告とランチメニューの打ち合わせだ。一緒にディナーのこともそれぞれ報告しあうけど、予約が増えたり、食材の兼ね合いもあるので、結局夜は夜でミーティングを行う。
「えぇ……と、遅かれ早かれバレる可能性があるので、先に皆さんに報告しておきます」
一通りの通常ミーティングを終えてすぐ、僕は口を開いた。
厨房スタッフの視線がチクチクとささる。余分に仕込みをさせておいて、余ったなんてことになれば責められるのは僕だ。
ホールスタッフ達も何事だと僕に注目した。
「実は私は、今芸能人と一緒に暮らしています」
みんなが凍りつくほど異様な空気が漂った。完全に困惑した空気。いきなり何の報告だとスタッフ達が顔を見合わせる。
「昨日、それが世間にバレました」
「あぁっ!」
赤坂さんが叫ぶ。
「もしかして、codeの加藤亮介ですか!?」
「今日はもしかすると、店が混雑するかもしれません」
きょとん、と音がなったかなと思うほど彼は目を丸くした。
「また、どうして? 夏休みだから?」
「いや、ちょっと……あぁ、そうか。夏休みか」
夏休みということを忘れていた。大学生も例外なく夏休みだ。思っているより噂は広まらないかもしれないな。
とはいえ、油断はしない方がいいだろう。大学生の情報ツールは馬鹿にならない。
「まぁ、とにかく。覚悟だけはしておいて貰えますか? 何もなければそれに越したことはありませんが」
彼は小首を傾げながら頷き、ちょっと多めに仕込みをしておきますと返事をくれた。
事務所に入り、昨日作成した貼り紙をラミネートする。
ご飲食以外の入店お断り
こんな貼り紙、絶対に出したくない。だけど万が一を想定しておかないと、僕のせいでスタッフに迷惑をかけてしまう。常連のお客様にだってそうだ。
貼り紙のラミネートを終えると、買い置きしておいたトレイを探す。ドリンクカウンターの棚に仕舞っておいたはずだ。
五枚見つかる。
「五枚も増えれば上等だろ」
新品の9タンも出しておいて方がいいかもしれないな。
ワンダース、箱ごと厨房に運び食洗機に掛けると、後ろから呆れたように笑われた。
「それ、新品ですか?」
「えぇ」
「またどうして?」
気になるのは分かるが……。
「それはミーティングでお話します。今は仕込みの数を余分に作っておいてもらえると助かります」
彼は肩を竦め、苦笑いだ。
加藤君の人気がどれほど店に影響を与えるか分からない。ただ西崎さん達の予想では大混雑で間違いないという。どこまで信用していいかは分からないが、ANNADOLは侮れないなんてギャル三人がバカみたいに騒いでいたから。
ANNADOLはANNA プロダクション所属のアイドル達の総称だ。僕でさえANNADOLという単語を知っているくらいだ。確かに甘く見ない方がいい。 とにかく今は準備出来ることをやり尽くさないと。
朝八時。
スタッフ達がチラホラと出勤してくる。厨房も僕の要請に応え、多めに仕込みを始め、ホールスタッフ達は店内の清掃に取り掛かる。
九時、冷やしておいたショーケースにケーキを並べ、僕はレジオープンの作業をこなす。コーヒーマシンを起動させ、ビールサーバーの栓も開く。ソフトクリームマシンの電源も入れ、はっと気付いた。生クリームの解凍を忘れている! 慌てて三本冷蔵庫へ移した。
その後は昨夜の洗い物を片付けたり、オープン準備に向けてスタッフ達とバタバタ動き回る。
十時半、厨房とのランチミーティングが始まる。予約状況の報告とランチメニューの打ち合わせだ。一緒にディナーのこともそれぞれ報告しあうけど、予約が増えたり、食材の兼ね合いもあるので、結局夜は夜でミーティングを行う。
「えぇ……と、遅かれ早かれバレる可能性があるので、先に皆さんに報告しておきます」
一通りの通常ミーティングを終えてすぐ、僕は口を開いた。
厨房スタッフの視線がチクチクとささる。余分に仕込みをさせておいて、余ったなんてことになれば責められるのは僕だ。
ホールスタッフ達も何事だと僕に注目した。
「実は私は、今芸能人と一緒に暮らしています」
みんなが凍りつくほど異様な空気が漂った。完全に困惑した空気。いきなり何の報告だとスタッフ達が顔を見合わせる。
「昨日、それが世間にバレました」
「あぁっ!」
赤坂さんが叫ぶ。
「もしかして、codeの加藤亮介ですか!?」
10
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
神さまに捧ぐ歌 〜推しからの溺愛は地雷です〜【完】
新羽梅衣
BL
平凡な大学生の吉良紡は今をときめくスーパーアイドル・東雲律の大ファン。およそ8年前のデビュー日、音楽番組で歌う律の姿を見て、テレビに釘付けになった日を今でも鮮明に覚えている。
歌うことが唯一の特技である紡は、同級生に勝手にオーディション番組に応募されてしまう。断ることが苦手な紡は渋々その番組に出演することに……。
緊張に押し潰されそうになりながら歌い切った紡の目に映ったのは、彼にとって神さまのような存在ともいえる律だった。夢見心地のまま「律と一緒に歌ってみたい」とインタビューに答える紡の言葉を聞いて、番組に退屈していた律は興味を持つ。
そして、番組を終えた紡が廊下を歩いていると、誰かが突然手を引いてーー…。
孤独なスーパーアイドルと、彼を神さまと崇める平凡な大学生。そんなふたりのラブストーリー。

【BL】記憶のカケラ
樺純
BL
あらすじ
とある事故により記憶の一部を失ってしまったキイチ。キイチはその事故以来、海辺である男性の後ろ姿を追いかける夢を毎日見るようになり、その男性の顔が見えそうになるといつもその夢から覚めるため、その相手が誰なのか気になりはじめる。
そんなキイチはいつからか惹かれている幼なじみのタカラの家に転がり込み、居候生活を送っているがタカラと幼なじみという関係を壊すのが怖くて告白出来ずにいた。そんな時、毎日見る夢に出てくるあの後ろ姿を街中で見つける。キイチはその人と会えば何故、あの夢を毎日見るのかその理由が分かるかもしれないとその後ろ姿に夢中になるが、結果としてそのキイチのその行動がタカラの心を締め付け過去の傷痕を抉る事となる。
キイチが忘れてしまった記憶とは?
タカラの抱える過去の傷痕とは?
散らばった記憶のカケラが1つになった時…真実が明かされる。
キイチ(男)
中二の時に事故に遭い記憶の一部を失う。幼なじみであり片想いの相手であるタカラの家に居候している。同じ男であることや幼なじみという関係を壊すのが怖く、タカラに告白出来ずにいるがタカラには過保護で尽くしている。
タカラ(男)
過去の出来事が忘れられないままキイチを自分の家に居候させている。タカラの心には過去の出来事により出来てしまった傷痕があり、その傷痕を癒すことができないまま自分の想いに蓋をしキイチと暮らしている。
ノイル(男)
キイチとタカラの幼なじみ。幼なじみ、男女7人組の年長者として2人を落ち着いた目で見守っている。キイチの働くカフェのオーナーでもあり、良き助言者でもあり、ノイルの行動により2人に大きな変化が訪れるキッカケとなる。
ミズキ(男)
幼なじみ7人組の1人でもありタカラの親友でもある。タカラと同じ職場に勤めていて会社ではタカラの執事くんと呼ばれるほどタカラに甘いが、恋人であるヒノハが1番大切なのでここぞと言う時は恋人を優先する。
ユウリ(女)
幼なじみ7人組の1人。ノイルの経営するカフェで一緒に働いていてノイルの彼女。
ヒノハ(女)
幼なじみ7人組の1人。ミズキの彼女。ミズキのことが大好きで冗談半分でタカラにライバル心を抱いてるというネタで場を和ませる。
リヒト(男)
幼なじみ7人組の1人。冷静な目で幼なじみ達が恋人になっていく様子を見守ってきた。
謎の男性
街でキイチが見かけた毎日夢に出てくる後ろ姿にそっくりな男。

春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる