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第八章:草食系男子

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 翌朝、日下さんは俺より早く起きていた。というより、いつもより早く起きていた。

「おはよ」

 スーツ姿で食パンを齧りながら、彼にしては珍しく立ち食いだ。いつもなら食事中は絶対に立ち上がらないのに。

「あぁ、おはよう。よく寝れた?」

 ラジオもついていない。日下さんの猫毛はちょっとボサボサだ。

「ん、まぁ。……どうしたの? 早いじゃん」

 鞄に何やら資料を入れながら日下さんは苦笑いを浮かべた。

「ちょっとね。やらなきゃらいけない事があって」

 そう言えば昨日も店に寄ってから帰るって言ってたな。

「そっか。忙しそうだな」

 ふふっと日下さんは笑って、最後の一口を食べ切ると、スーツのジャケットを羽織った。
 この瞬間の日下さん、好きなんだ。手足が長いから、すごく様になる。

「じゃあ行ってくるね」

 ジャケットのボタンも止めずに彼がバタバタ玄関へと駆け出すから、俺も慌ててその後を追った。革靴を履き、玄関のドアを開く。いってらっしゃいと言いかけた時、日下さんはぱっと俺を振り返った。

「東京二日目、頑張ってね」

 柔らかい笑顔。俺の気持ちにぱぁっと光が照らされる。

「おぅ!」
「ここで待ってるから」

 にっと笑った彼が俺に拳を突き出す。
 待っているという言葉が、俺を揶揄うように擽ってきて、照れ笑いみたいな笑顔が零れた。

「サンキュ」

 日下さんの拳に自分の拳を突き当てる。
 色気なんて何もない。けど、嬉しかった。離れた拳がぱっと広げられ、俺に手を振る。

「じゃ、いってきます。……亮介」


 あぁ……。


「いってらっしゃい」 ……比呂人。


 そう呼ぼうとしたけど、結局呼べなかった。なんか、すげぇ意識してしまって呼べなかった。

 日下さんは微笑み、静かに扉を閉めて仕事へ出かけて行く。
 急に静まり返った部屋。少し暗いこの玄関。出て行ってしまった日下さんの姿を記憶の中で追いかけながら、俺は目を閉じた。

「……比呂人……」

 好きだなんて認めない。認めないけど、すげぇ好きだ。

 もう寝ている隙にキスなんかしない。昨日のように抱きしめたりもしない。でも、この誓いはすごく脆い。

 草食系男子……?
 そんな男、絶対にいるわけねぇじゃん。男はみんな狼なんだよ。スイッチが入りやすいか入りにくいかの違いだ。

「あぁ……、比呂人……っ」

 亮介と呼ぶ日下さんの声が耳の奥にこだまする。
 彼が俺に近づこうとしている。俺の狼はいつまで我慢出来るだろう。この気持ちを鎮静出来る薬があるなら、今すぐ俺に処方してください。


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