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第八章:草食系男子
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まっすぐ聞いたが、日下さんは緩やかに首を振る。確かに怒っている様子ではなさそうだ。日下さんは怒るともっと怖いから。今はどちらかと言うと……その……認めたくはないのだが、なんというか……猛烈にセクシーだ。伏せがちのタレ目、濡れた髪、よれたTシャツから覗く鎖骨。
あ、ヤバイ。
俺は体を起こしてそのままソファを立ち上がった。
「ごめんね。もう寝……」
「カッコ良かったよ、加藤君」
俺の言葉を遮って、日下さんが呟いた。
「嘘みたいに別人だった」
「失礼だな、おい」
一瞬ドキッとした俺をそんな言葉で叩き落とす。やっぱり冗談をぶっかましに来るんじゃないかよ。
だけど、後ろ姿の日下さんはソファの前にペタンと座り込んだまま、俺の見事なツッコミに笑ってくれなかった。振り向きもせず、動きもしない。
……え、なに? なんなんだよ。どういうこと?
戸惑う俺へ、日下さんは容赦ない一言を浴びせた。
「もう二度と行かない」
どうやらこの男は、俺を奈落の底に突き落とすのがお好きみたいだ。
時間がまるで止まったみたいに、俺たちは動かなかった。頭の中は、”なんで、どうして” の一点張りで、その言葉を口にすることすら、困難を極めた。
俺が勝手なことをしたからか? 相談もせずあんなことしたからなのか? なんだよ、やっぱり怒ってんじゃねぇかよ。
確かに、悪いことしたって思ってる。それならもっと怒れよ。怒ってないなんて首振るなよ。
頭の中はグチャグチャで、動かない日下さんの背中を睨むように見つめてしまう。そんな俺を、まるでスローモーションみたいにゆっくりと振り返った日下さん。
彼のタレ目は……柔らかく笑っていた。
「だってさ、なーんかやっぱり浮くよ。三十路近い男が行くとこじゃなかった」
あははと、いつものように笑う。
「もちろん楽しかったよ。すごく綺麗な景色だったし、めちゃくちゃ盛り上がってたし。コール&レスポンスっていうのかな、ああいうのもたくさんあってさ」
座ったままこちらを見上げ、日下さんはにこにこ笑う。
「全然ついていけなかったけど、幸せな気分になるね」
柔らかいあの笑顔。
俺の勘違いか? 今、俺を避けようとしてなかったか? 二度と行かないと言った日下さんの声、背中、ものすごく遠く感じたけど……、勘違いか?
呆然と立ち尽くす俺に苦笑いを浮かべ、彼は立ち上がった。俺とほとんど変わらない身長。目線の高さに、日下さんのタレ目。
「ファンサービスって、めちゃくちゃサービスしまくるものなんだね」
そう言って俺の真似をして俺に指差しするから、その指をパシっと掴んだ。
「気付いたかよ?」
「え?」
「指差しはあんたにしかしてない」
日下さんは掴まれた自分の指を見て、俺を見て、ふと視線を泳がせた。
あ、ヤバイ。
俺は体を起こしてそのままソファを立ち上がった。
「ごめんね。もう寝……」
「カッコ良かったよ、加藤君」
俺の言葉を遮って、日下さんが呟いた。
「嘘みたいに別人だった」
「失礼だな、おい」
一瞬ドキッとした俺をそんな言葉で叩き落とす。やっぱり冗談をぶっかましに来るんじゃないかよ。
だけど、後ろ姿の日下さんはソファの前にペタンと座り込んだまま、俺の見事なツッコミに笑ってくれなかった。振り向きもせず、動きもしない。
……え、なに? なんなんだよ。どういうこと?
戸惑う俺へ、日下さんは容赦ない一言を浴びせた。
「もう二度と行かない」
どうやらこの男は、俺を奈落の底に突き落とすのがお好きみたいだ。
時間がまるで止まったみたいに、俺たちは動かなかった。頭の中は、”なんで、どうして” の一点張りで、その言葉を口にすることすら、困難を極めた。
俺が勝手なことをしたからか? 相談もせずあんなことしたからなのか? なんだよ、やっぱり怒ってんじゃねぇかよ。
確かに、悪いことしたって思ってる。それならもっと怒れよ。怒ってないなんて首振るなよ。
頭の中はグチャグチャで、動かない日下さんの背中を睨むように見つめてしまう。そんな俺を、まるでスローモーションみたいにゆっくりと振り返った日下さん。
彼のタレ目は……柔らかく笑っていた。
「だってさ、なーんかやっぱり浮くよ。三十路近い男が行くとこじゃなかった」
あははと、いつものように笑う。
「もちろん楽しかったよ。すごく綺麗な景色だったし、めちゃくちゃ盛り上がってたし。コール&レスポンスっていうのかな、ああいうのもたくさんあってさ」
座ったままこちらを見上げ、日下さんはにこにこ笑う。
「全然ついていけなかったけど、幸せな気分になるね」
柔らかいあの笑顔。
俺の勘違いか? 今、俺を避けようとしてなかったか? 二度と行かないと言った日下さんの声、背中、ものすごく遠く感じたけど……、勘違いか?
呆然と立ち尽くす俺に苦笑いを浮かべ、彼は立ち上がった。俺とほとんど変わらない身長。目線の高さに、日下さんのタレ目。
「ファンサービスって、めちゃくちゃサービスしまくるものなんだね」
そう言って俺の真似をして俺に指差しするから、その指をパシっと掴んだ。
「気付いたかよ?」
「え?」
「指差しはあんたにしかしてない」
日下さんは掴まれた自分の指を見て、俺を見て、ふと視線を泳がせた。
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