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第六章:七月の微熱

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 リハーサルの音漏れに耳を傾ける。
 もうすぐ加藤君に会える。煌びやかな衣装を身に纏い、歌い、踊る加藤君に会える。少し変な感じだ。

 毎日家で会ってるし、歌やダンスの練習をしている加藤君なんて嫌という程見てきてはいるけど……、あぁ、もしかすると親心に似ているのかもしれないな。ちゃんと間違わずに歌えるかなとか、いつも間違ってた振りはちゃんと覚えられたかなとか、そんな親心。

「大丈夫かな」

 ため息まじりに出てしまった僕の言葉に、西崎さんたちは「大丈夫よ!」と笑った。びっくりして振り向くと、三人は笑いながら頷いた。

「さすがにもう舞台から落ちないって!」

 三人の話をまったく聞いていなかったのだが、どうやら僕の独り言はタイムリーだったようだ。

「舞台?」

 何の話か分からなくて首を傾げると、西崎さんが教えてくれた。

「前回の冬コンだよ! ほら、カトゥン舞台から落っこちて足骨折したでしょ?」

 足を骨折!?
 あまりの出来事にかなり驚いてしまったけど、はっと思い出した。一昨年、初めて彼と出会った時、そういえば足を骨折していた。

「あぁ! そうだったね」

 まさかコンサート中の骨折だったとは知らなかった。もしかして……だからあの日、彼は泣いていたのだろうか。

「カトゥンめっちゃ落ち込んでたもんね」

 真っ赤な服を着ている子が眉を垂れて言うから、西崎さんも「うんうん」と頷く。

「今だから笑えるけど、コン再開した時にカトゥンが本気で泣いて謝ったのは今でも忘れらんないもん! あの円盤はまじ永久保存版! 今見ても号泣!」
「カトゥンの男泣きヤバイー」

 三人は一昨年のコンサートの話に花を咲かせ始める。僕はただ三人の話を隣で呆然と聞いているだけだったけど、そのコンサート映像は見てみたいと思えた。

 DVDか。発想になかったな。考えてもいなかったけど、コンサートDVDくらい出ていて当たり前だ。今度買いに行こう。僕の知らない加藤君がたくさん詰まっているんだろうな。

 そうこうしている内に時間は迫り、真っ赤な服の女の子達と別れると、僕と西崎さんは一階南東A席十四・十五番に座った。加藤君が十五番と言ったから、十五番に座った。こういう小さいとこにこだわるタイプじゃなかったはずなんだけど、今朝、加藤君が僕を抱きしめて約束してくれたから……変に意識してしまっている。

 思い出すと、少しだけ息苦しい。
 あんな風に体を近づけたことって、今までにない。バイクに乗っている時でさえ体なんか密着させないのに。

 加藤君の力……、強かった。

 自分が女の子を抱きしめることはあっても、自分が男性に抱きしめられるなんてこと今までに経験がないから。女の子達はいつもあんな強い力を受け止めているんだな、って改めて思う。なんだかまた、ぎゅっと胸が締め付けられた。

 思い出しちゃダメだ。

 深呼吸で気持ちを落ち着かせる。じゃなきゃ、あの腕の力に……溺れてしまう。
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