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第六章:七月の微熱

ーside 日下ー 1

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「店長さ~ん」

 待ち合わせしていた駅で顧客の西崎さんと落ち合った。何故か彼女は全身真っ黄色だ。

「派手だなぁ」

 遠目に見ても強烈な黄色だ。だけどよくよく周りを見てみると、他にも黄色の服を嬉しそうに着ている女の子がいる。

「黄色いですね」

 彼女の隣に並んで歩き出す。聞くと彼女は当たり前じゃん!と笑った。

「カトゥンの担当カラーは黄色だよ!」
「た……ん当カラー?」
「知らない? みんなカラーがあるの! カトゥンは黄色。リーダーは青。コガちゃんは赤。颯太はピンク。西くんは緑だよー」

 アイドルというのは特殊な仕事だなと感心した。いや、感心というか、同情……? いやいや、それは失礼か。

「へぇ、知らなかったな。教えて貰わなかったや」
「へ?」

 西崎さんが怪訝に僕を見上げたから、はっとして口を噤んだ。

「誰かファン友がいるんですか?」
「あー……あぁ、うん、まぁ……」

 思わず口走ってしまった自分に深く反省する。
 今朝は加藤君から ”誰担” の意味を教えてもらったばかりだ。まさか他にも担当カラーなる秘密があったなんて聞いてない。別に聞いたところで黄色い服をチョイスしたかどうかは怪しいけど、結構重要な情報じゃないのかな、それって。

「そのお友達は今日一緒に入らなくて良かったんですか?」
「え?」

 西崎さんはギャルっぽいわりに、そういうことに気を遣える子みたいだ。あの集団の中で唯一僕をさん付けするし、敬語もなるべく使おうとする。

「あぁ、いいんだ。たぶんもう会場入りしてる」

 間違っていない。加藤君はリハーサルでもしているのだろう。

 会場に着くと、グッズ売り場に長蛇の列が何本も伸びていた。圧倒されてしまう僕に西崎さんがグッズの看板を指差した。

「何か買いますか?」

 買いますかと言われても、この行列に並んでまで欲しいものはない。「いや、いいです」と断ろうとしたが、彼女の携帯が鳴り響いた。電話口の友人と何やら話し込んでいたが、不意に僕の腕を引っ張る。そして。

「今友達がグッズ並んでてくれてるんです。何か買いますか?」

 電話中ずっと眺めていたグッズの看板。その言葉にちょっと心が揺らいだ。
 見惚れそうなくらい写真写りのいい加藤君の団扇やポスター、中身が一部解禁されているパンフレット。
 だけど、さすがにそれらはいらない。カッコイイけど、いらない。

「じゃ……じゃあタオル」

 ものすごく暑かった。タオルひとつ持ってこなかったことを後悔していた僕には、願ったり叶ったりのグッズだった。

「じゃあ一緒にフード付きのタオルにしませんか?」

 普通のフェイスタオルで良かったのだが、西崎さんがニコニコ笑うから断りきれなかった。
 半時間ほど待っただろうか。これまた真っ赤な服を纏ったギャル二人が僕たちと合流した。開演までの間、僕らは日陰に入って時間を潰した。

 買ってきてもらったタオルをさっそく開けて肩にかける。西崎さん達は何やら楽しそうにお喋りしていたが、僕はほとんど会話に入れなかった。
 code以外のアイドルの話になると更についていけない。僕はひとりでぼんやりと時間が過ぎるのを待った。
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