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第六章:七月の微熱
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「席番号覚えておいて」
目の前に突きつけられているから、覚えるも何も……見えない。
「ちゃんと ”ファンサ” してね」
ファンサ?
チケットを持っている日下さんの腕をぐっと降ろして彼を見ると、ニッコリと微笑まれた。
「どこで覚えたんだよ」
「内緒」
「……誰がするか」
「ケチ!」
寝室に入ってポールハンガーにかかっている自分の鞄を取った。
「ねぇ。ダレタンって何?」
……ダレタン? 牛タンしか知らねぇわ。
「知るかよ」
日下さんの質問を速攻で蹴散らしたけど、ファンサに次いでの言葉だったから、俺なりに少し考えて、なんとなく分かった。日下さんのベッドに置かれている電波時計を確認すると、そろそろ出発しなければならない。
寝室のドアに凭れて、加藤君でも分からないのか……と呟いている日下さんを振り返った。
「たぶん ”誰の担当か” ってことだろ」
「担当?」
日下さんが目を丸くする。
「ファンのこと。誰のファンだって聞く時に使うんだよ」
日下さんが、あぁ!と声をあげて納得した。
「だったら僕は加藤君の担当だね!」
また恥ずかしげもなくそういうこと言う。ホント参るよ。
寝室を出ようと日下さんの元まで歩み寄り、俺は小さく付け加えた。
「ちなみに俺担なら、”亮担” だから」
「亮担! 亮たん? なにそれ、可愛いね!」
「ーー~~っ!」
自分で言ったことは認めるが、なんとも言えないこの苛立ちは何だろう。アイドルなんて職業は、こういう羞恥をいくつもいくつも何度でも乗り越え、吹っ切って……。
いや、でもむかつくな、おい。
俺は日下さんの持つチケットを強引に奪い取った。
【一階南東A席十五番】
チケットは二枚あった。誰かと一緒に来るんだろうか。
「誰と来るんだよ」
「気になる~?」
「俺もう行くわ」
さっと手を挙げ玄関に向かうと、日下さんは笑いながら俺を追いかけてきた。
「大丈夫だよ、彼女じゃないから」
「別に気にもしてねぇし」
「うっそだ~。また追い出されるか心配になってんでしょ?」
くるりと日下さんを振り返る。いつまでこのからかいモード続くんだよ、ムカつくなぁ。
「追い出すのかよ」
少し強めに言った。
すると日下さんは、不意に黙り……、柔らかく笑って緩やかに首を振った。
「……ファンサ、ちょうだいね」
「うっせぇな!」
まだ終わってなかったらしい。
俺はもうこのからかいから逃げたくて、さっさと靴を履いた。だけど、日下さんが俺の腕を掴んで引っ張ったから、自然と彼を振り返る。
いつもの優しい顔をした日下さんが、にこりと微笑んだ。
「見てるから……、ファンサ、ちょうだいね」
そんな顔で……そんな声で……。
心臓がトクトク動いた。
当たり前だろ……、当たり前じゃねぇか。ファンサしないわけないだろ!
気が付けば、俺は日下さんを抱きしめていた。
なんでこうなるんだよ。なんでこんなに愛おしいんだよ。
洗濯物の匂いがする日下さん。
「あれ……? どうしたの?」
俺の背中をトントンっと叩き、日下さんが少し困ったような声を出した。
「一階南東A席十五番」
俺の言葉に彼はすっと黙り、叩いていた手も止めた。
「絶対に見つける」
体を離し日下さんを見ると、きゅっと唇を噛んで俺を見つめ返してきた。
「あんたにだけ指差ししてやるよ」
日下さんの鼻先に人差し指を突き出すと、彼は柔らかく微笑んだ。
キスしたのが……きっと間違いだったんだ。
トクトクと微熱を持った心臓だけが、きっと今……一番正直者だろう。
目の前に突きつけられているから、覚えるも何も……見えない。
「ちゃんと ”ファンサ” してね」
ファンサ?
チケットを持っている日下さんの腕をぐっと降ろして彼を見ると、ニッコリと微笑まれた。
「どこで覚えたんだよ」
「内緒」
「……誰がするか」
「ケチ!」
寝室に入ってポールハンガーにかかっている自分の鞄を取った。
「ねぇ。ダレタンって何?」
……ダレタン? 牛タンしか知らねぇわ。
「知るかよ」
日下さんの質問を速攻で蹴散らしたけど、ファンサに次いでの言葉だったから、俺なりに少し考えて、なんとなく分かった。日下さんのベッドに置かれている電波時計を確認すると、そろそろ出発しなければならない。
寝室のドアに凭れて、加藤君でも分からないのか……と呟いている日下さんを振り返った。
「たぶん ”誰の担当か” ってことだろ」
「担当?」
日下さんが目を丸くする。
「ファンのこと。誰のファンだって聞く時に使うんだよ」
日下さんが、あぁ!と声をあげて納得した。
「だったら僕は加藤君の担当だね!」
また恥ずかしげもなくそういうこと言う。ホント参るよ。
寝室を出ようと日下さんの元まで歩み寄り、俺は小さく付け加えた。
「ちなみに俺担なら、”亮担” だから」
「亮担! 亮たん? なにそれ、可愛いね!」
「ーー~~っ!」
自分で言ったことは認めるが、なんとも言えないこの苛立ちは何だろう。アイドルなんて職業は、こういう羞恥をいくつもいくつも何度でも乗り越え、吹っ切って……。
いや、でもむかつくな、おい。
俺は日下さんの持つチケットを強引に奪い取った。
【一階南東A席十五番】
チケットは二枚あった。誰かと一緒に来るんだろうか。
「誰と来るんだよ」
「気になる~?」
「俺もう行くわ」
さっと手を挙げ玄関に向かうと、日下さんは笑いながら俺を追いかけてきた。
「大丈夫だよ、彼女じゃないから」
「別に気にもしてねぇし」
「うっそだ~。また追い出されるか心配になってんでしょ?」
くるりと日下さんを振り返る。いつまでこのからかいモード続くんだよ、ムカつくなぁ。
「追い出すのかよ」
少し強めに言った。
すると日下さんは、不意に黙り……、柔らかく笑って緩やかに首を振った。
「……ファンサ、ちょうだいね」
「うっせぇな!」
まだ終わってなかったらしい。
俺はもうこのからかいから逃げたくて、さっさと靴を履いた。だけど、日下さんが俺の腕を掴んで引っ張ったから、自然と彼を振り返る。
いつもの優しい顔をした日下さんが、にこりと微笑んだ。
「見てるから……、ファンサ、ちょうだいね」
そんな顔で……そんな声で……。
心臓がトクトク動いた。
当たり前だろ……、当たり前じゃねぇか。ファンサしないわけないだろ!
気が付けば、俺は日下さんを抱きしめていた。
なんでこうなるんだよ。なんでこんなに愛おしいんだよ。
洗濯物の匂いがする日下さん。
「あれ……? どうしたの?」
俺の背中をトントンっと叩き、日下さんが少し困ったような声を出した。
「一階南東A席十五番」
俺の言葉に彼はすっと黙り、叩いていた手も止めた。
「絶対に見つける」
体を離し日下さんを見ると、きゅっと唇を噛んで俺を見つめ返してきた。
「あんたにだけ指差ししてやるよ」
日下さんの鼻先に人差し指を突き出すと、彼は柔らかく微笑んだ。
キスしたのが……きっと間違いだったんだ。
トクトクと微熱を持った心臓だけが、きっと今……一番正直者だろう。
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