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第六章:七月の微熱

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 誕生日にもらったプレゼントは中折れハットとTシャツとベストタイプのパーカーだった。襟元のタグに書かれていたブランド名には見覚えがあった。彼が良く来ている服のブランドだ。

「ここの服が好きなんだ」

 五分袖のタイトな黒いTシャツの上に、彼からもらったパーカーを着込んだ。ベースは薄いグレーなんだろうけど、青やピンクのネップが入っているから、なんとも不思議な色のパーカーだ。お尻まですっぽり隠れるほどのロング丈は可愛くて、大きめのフードは袖のない肩口を少しだけ隠している。左の脇腹あたりにはピンクの大きなハートも描かれていている。 

 最初女っぽいかなと思ったんだけど、案外自分に似合っていて驚いた。俺より俺のことを分かっているなぁなんて、思ったりなんかして。

 日下さんは俺のパーカー姿を見て、「似合う、似合う」と歯磨きしながら褒めてくれた。

「ま、僕の趣味じゃないけどね」
「なんだよ、その言い方」

 褒めて落とす。この男ときたら、そういうとこほんとリアルに傷つくんだけど。せっかく気に入ってたのに、日下さんは気にもせずに毒を吐きつけてくる。だから洗面台の前を彼からぶん取り、強引に髪をセットし始めた。

「だって僕にハートは似合わないでしょ」
「そうかぁ?」

 壁際に追いやられた日下さんはシャコシャコと歯磨きしながら、喋りにくそうに言った。

「普通に似合いそうだけど?」

 鏡越しに日下さんを見ると、苦笑いの彼が首を傾げた。

「趣味じゃないんだよ」

 ちょっと退いてと俺を押し退け、日下さんは口をすすぎ始める。洗面台を二人で取り合うことは今まであまりない。休みが被ることなんて滅多にないし、日下さんは朝が早いから俺の出勤時間と被ることもほぼない。
 だけど今日、彼は仕事が休みだ。俺より少し遅くに起きてきて、こうやって歯を磨いている。

「じゃなんで買ったんだよ」
「僕が着るわけじゃないし」

 ペッと口から水を吐き出した後でそう答える。ばしゃばしゃと続いて顔を簡単に洗い「タオル」と、俺に手を差し出した。仕方なくタオルを取り出して渡すと、ゴシゴシ顔を拭いた彼が「ぷはぁ」なんて息を吐いて俺を振り返った。

「似合ってるよ」

 にっこり微笑んだ日下さん。

 髪をいじっていた俺だったけど、思わずその手は止まってしまった。恥ずかしげもない言葉、嫌味のない笑顔。こっちの方が恥ずかしくて顔を逸らした。

「何でも似合うね」

 優しい声。
 日下さんは素っ気ない態度を取ったりするわりに、こうやっていきなり褒め倒したりして、よく分からない。よく分からないんだけど、とてもよく知っている。不思議とその寒暖差が心地よくて、そう来るだろうというタイミングも徐々に理解し始めた。絶対にもう一発何か言うはずだ。

「カッコイイ」
 ほら来た。
「もうやめろ」

 日下さんを制止して、俺は開いていたワックスの蓋を閉めた。手を洗って、日下さんの首にかかっているタオルで手を拭く。

「恥ずかしい?」

 ニヤニヤ笑いながら日下さんが俺に尋ねる。
 来た来た、からかいモードだよ。こうなると結構しつこい。

「なワケねぇ」
「嘘嘘、絶対テレてる」
「うっせぇなぁ」

 洗面所を出てリビングに向かう。ジャージ姿の日下さんが裾の長いズボンを引きずりながら付いて来る。

「ねぇねぇ、加藤君」

 ニヤついている声色。振り向かなくてもどんな顔して笑っているのか分かる。返事も返してやらないと、日下さんはキッキンカウンターから水色の封筒を取って中身を取り出した。
 そして寝室に入ろうとした俺の前に回り込み、さっき取り出したコンサートのチケットを目の前に突きつけて来た。
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