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第六章:七月の微熱
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「写真! 写真撮るからちょっと待って!」
「写真? 女の子みたいなこと言わないでよ」
「うっせぇ!」
日下さんは早くしてよ~なんて包丁を片手にぼやく。
まぁ待て、落ち着け。とりあえず包丁を降ろせ。
そんなことを思いながら、俺はきっちりケーキとプレゼントをカメラに収めた。ちゃっかり日下さんを使ってケーキとの写真も撮らせる。
「オケ。食べよう」
撮った写真を確認しながらGOサインを出すと、日下さんは嬉しそうにケーキをカットしはじめた。職業柄、さすがにケーキカットは手慣れている。
わりと大きめにカットされたケーキを綺麗に小皿へ移すと「あ、そうだ」と言いながら、どこから出して来たのか、ホワイトチョコのプレートを突き刺した。
お誕生日おめでとうと既に書かれてあるプレートには手書きで ”りょうちゃん” と書かれていた。
「りょ、りょうちゃん?」
呼ばれたこともない。
思わず日下さんに目をやると、「カトゥンが良かった?」なんて言うから、俺は大袈裟に首を振った。
「うちのパティシエに書いてもらったんだ。カトゥンでお願いとは、僕もさすがに言えないなぁ」
そうでしょうね。でも……。
「亮ちゃんって、呼ぶの?」
少しだけ……、ほんの少しだけ期待を込めて尋ねると、間髪入れずに返事を頂いた。
「呼ばないよ」
……ですよね。知ってまーす。
「いただきます!」
パンっと手を合わせた日下さんが、嬉しそうに目を輝かせてケーキに微笑む。俺も慌てて手を合わせた。
「お、おぅ! いただきます」
りょうちゃんと書かれたチョコのプレートが俺をじーっと見上げている。なんだか不思議な感じがした。事務所に入る前は結構そう呼ばれていた。地元の友達はほとんどがそう呼ぶけど、今や世間には ”カトゥン” という可笑しな呼び名で浸透していて、一緒に暮らしている日下さんに至っては ”加藤君” からぶれることなんてなかったんだ。
「亮……ちゃん、か」
チョコプレートを手に取って、俺はパリっとそれを一口かじった。
「なに? そう呼んでほしいの?」
「えっ、いや! 別にそういうわけじゃないけど」
不思議だなぁ~と思って、と付け加える。日下さんが何のつもりでりょうちゃんと書いてもらったのかは分からないけど、なんだか少し……、そう呼べばいいのにと思った。呼ばないよ、なんて即答せずに、もっと距離を縮めてくれたらいいのにって。
もっともっと近づいて来ればいいのにな……って。
日下さんは、「ふ~ん」と気のない返事をしながら立ち上がると、いつからかずっと冷蔵庫にしまってあったワインを持ち出して来た。
「飲める?」
「うん」
ゴブレットを取り出す日下さんの後ろ姿を見つめながら、俺は少し寂しかった。
もう少し……もう少しだけでいいから、俺に興味を持ってほしい。
日付はいつの間にか十三日に変わっていた。
「写真? 女の子みたいなこと言わないでよ」
「うっせぇ!」
日下さんは早くしてよ~なんて包丁を片手にぼやく。
まぁ待て、落ち着け。とりあえず包丁を降ろせ。
そんなことを思いながら、俺はきっちりケーキとプレゼントをカメラに収めた。ちゃっかり日下さんを使ってケーキとの写真も撮らせる。
「オケ。食べよう」
撮った写真を確認しながらGOサインを出すと、日下さんは嬉しそうにケーキをカットしはじめた。職業柄、さすがにケーキカットは手慣れている。
わりと大きめにカットされたケーキを綺麗に小皿へ移すと「あ、そうだ」と言いながら、どこから出して来たのか、ホワイトチョコのプレートを突き刺した。
お誕生日おめでとうと既に書かれてあるプレートには手書きで ”りょうちゃん” と書かれていた。
「りょ、りょうちゃん?」
呼ばれたこともない。
思わず日下さんに目をやると、「カトゥンが良かった?」なんて言うから、俺は大袈裟に首を振った。
「うちのパティシエに書いてもらったんだ。カトゥンでお願いとは、僕もさすがに言えないなぁ」
そうでしょうね。でも……。
「亮ちゃんって、呼ぶの?」
少しだけ……、ほんの少しだけ期待を込めて尋ねると、間髪入れずに返事を頂いた。
「呼ばないよ」
……ですよね。知ってまーす。
「いただきます!」
パンっと手を合わせた日下さんが、嬉しそうに目を輝かせてケーキに微笑む。俺も慌てて手を合わせた。
「お、おぅ! いただきます」
りょうちゃんと書かれたチョコのプレートが俺をじーっと見上げている。なんだか不思議な感じがした。事務所に入る前は結構そう呼ばれていた。地元の友達はほとんどがそう呼ぶけど、今や世間には ”カトゥン” という可笑しな呼び名で浸透していて、一緒に暮らしている日下さんに至っては ”加藤君” からぶれることなんてなかったんだ。
「亮……ちゃん、か」
チョコプレートを手に取って、俺はパリっとそれを一口かじった。
「なに? そう呼んでほしいの?」
「えっ、いや! 別にそういうわけじゃないけど」
不思議だなぁ~と思って、と付け加える。日下さんが何のつもりでりょうちゃんと書いてもらったのかは分からないけど、なんだか少し……、そう呼べばいいのにと思った。呼ばないよ、なんて即答せずに、もっと距離を縮めてくれたらいいのにって。
もっともっと近づいて来ればいいのにな……って。
日下さんは、「ふ~ん」と気のない返事をしながら立ち上がると、いつからかずっと冷蔵庫にしまってあったワインを持ち出して来た。
「飲める?」
「うん」
ゴブレットを取り出す日下さんの後ろ姿を見つめながら、俺は少し寂しかった。
もう少し……もう少しだけでいいから、俺に興味を持ってほしい。
日付はいつの間にか十三日に変わっていた。
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