上 下
32 / 160
第四章:キミの名前は「加藤亮介」

ーside 日下ー 1

しおりを挟む
 加藤君は毎日忙しそうだった。
 どんな事情かは知らないけど、「外泊禁止令が出てるから」なんて意味の分からないことを言って、基本寝泊まりをしなくなった。
 アパートにすらあまり来ることがなくて、公園まで出てきてよ、なんて面倒な注文をされたりした。なんならバイクで実家まで送り届ける日もあった。

 だけど確実に変わったのは、加藤君がマメに連絡をくれるようになったことだ。
 お互い仕事が忙しいけど、加藤君は一緒に飯を食べようと僕を誘ってくれる。稀に僕の部屋にやって来て、金魚の水槽を洗う。
 写真を撮って、飽きずにじっと金魚を眺めていたりする。

 あの日、僕は吉住さんとの関係を終わらせる決意をした。
 加藤君のことを好きな彼女をどうしても受け入れられなくて、僕としても泣く泣く諦めた。

 彼女は泣いた。
 何でだって言われて、正直に答えることも出来なくて。
 加藤君に頼んで特別に書いてもらったサイン色紙と、彼の好意で貰った使用済みのピアスを吉住さんへプレゼントした。

 バカにしないでと突き返されそうになったけど、僕は頼むから貰ってくれと頭を下げた。

 彼女は、一体どれだけの金を積んでこの色紙とピアスを買ったんだと、泣きながら……悔しそうにそれを受け取った。
 加藤君の話だと、サインというのは基本的に事務所からNGが出ているらしいのだ。サイン会以外でサインをすることはないから、このサイン色紙は絶対に手に入らない逸品。
 吉住さんだってそれを分かっている。だからこそ、あんなことを言ったんだ。実際は一円も発生していないのだが……。

 まぁ、とにかくこれで僕の婚期は更に先延ばしとなったわけで。両親への罪悪感は多少なり増した。
 だけど後悔はしていない。自分の人生だから、自由に生きたい。シェフとあのレストランを立ち上げたのだってそういう理由。一緒にホテルを辞めて、一緒にレストランを始めた。あの時は大変なことばっかりだったけど、今は本当にそうして良かったと思っている。

 そうやって自分の選んだ道を着実に ”成功” にさせて行きたいから、吉住さんじゃなくて加藤君を選んだことだって、絶対後悔しないつもりだ。

「ちょ、日下さん! やめてくださいよ!」

 料理を作ってくれる加藤君の代わりに、僕はいつも洗い物を担当している。
 鼻歌を歌いながら洗い物をしていると、急に加藤君が僕を止めた。

「え、何?」
「歌! 俺の歌、歌うのやめてくださいよ」

 加藤君がアイドルだって分かってから、codeを片っ端から勉強した。僕のパソコンにはしっかり全曲揃っている。というか、加藤君に全部入れさせた。ブチブチ文句を言われたが、まぁ気にしない。携帯にも何曲か移し、通勤中にも勉強している。

「いいじゃん。いい曲だね」
「はずかしぃ。まじ無理」

 加藤君は金魚の観察をやめると、ソファに腰を下ろし、テレビをつけた。僕の鼻歌を聞きたくないみたいだ。案外照れ屋。
 自分はこの部屋で歌の練習をしたり、ダンスの振りをDVDを見ながら勉強したりするくせに……。

 ちょっと前まではヤクザかと思っていたけど、今じゃすっかりアイドルにしか見えない。
 加藤君がアイドルだって分かってから、テレビも良く見るようになった。現金なくらい今では加藤君のファンだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

ガラス玉のように

イケのタコ
BL
クール美形×平凡 成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。 親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。 とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。 圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。 スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。 ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。 三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。 しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。 三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

仮面の兵士と出来損ない王子

天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。 王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。 王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。 美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。

処理中です...