23 / 160
第三章:外泊禁止令と浜辺のデート
2
しおりを挟む
いや、絶対に加藤君だった。見間違うはずがない。頬杖をついて、うたた寝している加藤君。可愛くデコレーションされていて、……間違いじゃなければRYOちゃんって書いてあった。
「りょ……りょう?」
加藤りょう……。
胸の真ん中が、ぎゅっと締め付けられたような気がした。
「う、うそだろ」
まさか加藤君の彼女に出会ってしまうなんて、こんな数奇なことってあるだろうか? あんな形で彼の名前を知るなんて、僕ってどれだけつまらないんだ。せめて自分でちゃんと聞けよ! 名前を教えてくれって、さっさと聞かないからこんなことになるんだ。
「む……、無理だぁ」
ヘナヘナとドリンクカウンターの中に座り込み、僕は何故かものすごくショックを受けていた。
加藤君のことを本当に何も知らない自分が情けなくて、まさか彼女の携帯で名前を知るなんて、ホントどうかしてる。っていうか、あの子めちゃくちゃ普通の女子大生だったじゃん。ヤクザとお付き合いしてるようには到底思えないんだけどな。人聞きは悪いが、騙されているのだろうか? なにせ加藤君はあの容姿だ。彼女の一人や二人いてもおかしくない。お金だってたくさんありそうだし、加藤君が笑えば落ちない女なんてきっとこの世には存在しないだろう。
僕だって加藤君の笑顔だけが……すべてを信じるための決め手なんだから。
ひとしきりカウンターの下に蹲って考え込んでいたけど、徐々に分かって来た。加藤君はあの子と一緒に暮らし始めたのかもしれない。だから僕の部屋に来なくなったんだ。駅近ってだけの僕の部屋なんか、もう用済みってわけか。
「……バカらし」
心配して損した。加藤君は生きてる。あの子と毎日イチャイチャ楽しんでるんだ。僕は一人でモヤモヤ考え、要らぬ心配ばかりして、早く帰って来ないかななんて、金魚に餌なんかあげちゃってさ。
「……ざけんなよ」
怒りのような、呆れのような、複雑な感情だった。
「あの、店長?」
パートの主婦さんに呼ばれ、僕は慌てて立ち上がった。拍子に棚の取っ手に腰を打ち付け、おかしな声を上げてしまう。主婦さんに笑われ、腰を摩りながらカウンターから出ると、不意にレジを指さされた。
「お客様が店長をお探しです」
「僕を? クレーム?」
聞いたが、主婦さんは首を傾げた。
「いや、そんな感じでは……」
そろりとレジを覗き込むと、そこには可愛らしい服を着た女子大生が数名立っている。……なにごと?
主婦さんに視線を向けると、彼女も再度首を傾げた。
「お待たせしました。店長の日下です」
女子大生に近づき声を掛けると、突然彼女達は色めき立つ。騒がしい店内では、彼女達の黄色い声もそれほど目立ちはしなかったが、少なくとも僕と主婦さんはビクッと肩を揺らす程度には驚いた。
数名いる女子大生の中心から、友達に背中を押され、ミディアムボムがよく似合う清楚な女の子が僕の前までやってきた。そして、「日下店長へ」と書かれた淡いピンクの封筒を差し出てきた。
「あの……っ、良かったら読んでください!」
声すら出ないほど驚いた。
受け取ることさえ忘れそうな僕へ、まわりの友達が彼女の後ろから「受け取ってあげて!」と僕にジェスチャーで訴えかける。
あぁ、そうか! 受け取らなきゃ。
はっとして差し出された封筒を受け取ると、彼女は頬を赤らめながら僕を見上げた。
「れ、連絡待ってます!」
悩殺的に可愛かった。
彼女は恥ずかしそうに僕に背を向けると、パタパタと駆け出し店を出て行く。友達も彼女に続いて続々と店を出て行った。
五月の陽気な日差しが開けられたドアから僕を照らし、そしてカランカランと音を立てて、また淡い影を落とした。
「りょ……りょう?」
加藤りょう……。
胸の真ん中が、ぎゅっと締め付けられたような気がした。
「う、うそだろ」
まさか加藤君の彼女に出会ってしまうなんて、こんな数奇なことってあるだろうか? あんな形で彼の名前を知るなんて、僕ってどれだけつまらないんだ。せめて自分でちゃんと聞けよ! 名前を教えてくれって、さっさと聞かないからこんなことになるんだ。
「む……、無理だぁ」
ヘナヘナとドリンクカウンターの中に座り込み、僕は何故かものすごくショックを受けていた。
加藤君のことを本当に何も知らない自分が情けなくて、まさか彼女の携帯で名前を知るなんて、ホントどうかしてる。っていうか、あの子めちゃくちゃ普通の女子大生だったじゃん。ヤクザとお付き合いしてるようには到底思えないんだけどな。人聞きは悪いが、騙されているのだろうか? なにせ加藤君はあの容姿だ。彼女の一人や二人いてもおかしくない。お金だってたくさんありそうだし、加藤君が笑えば落ちない女なんてきっとこの世には存在しないだろう。
僕だって加藤君の笑顔だけが……すべてを信じるための決め手なんだから。
ひとしきりカウンターの下に蹲って考え込んでいたけど、徐々に分かって来た。加藤君はあの子と一緒に暮らし始めたのかもしれない。だから僕の部屋に来なくなったんだ。駅近ってだけの僕の部屋なんか、もう用済みってわけか。
「……バカらし」
心配して損した。加藤君は生きてる。あの子と毎日イチャイチャ楽しんでるんだ。僕は一人でモヤモヤ考え、要らぬ心配ばかりして、早く帰って来ないかななんて、金魚に餌なんかあげちゃってさ。
「……ざけんなよ」
怒りのような、呆れのような、複雑な感情だった。
「あの、店長?」
パートの主婦さんに呼ばれ、僕は慌てて立ち上がった。拍子に棚の取っ手に腰を打ち付け、おかしな声を上げてしまう。主婦さんに笑われ、腰を摩りながらカウンターから出ると、不意にレジを指さされた。
「お客様が店長をお探しです」
「僕を? クレーム?」
聞いたが、主婦さんは首を傾げた。
「いや、そんな感じでは……」
そろりとレジを覗き込むと、そこには可愛らしい服を着た女子大生が数名立っている。……なにごと?
主婦さんに視線を向けると、彼女も再度首を傾げた。
「お待たせしました。店長の日下です」
女子大生に近づき声を掛けると、突然彼女達は色めき立つ。騒がしい店内では、彼女達の黄色い声もそれほど目立ちはしなかったが、少なくとも僕と主婦さんはビクッと肩を揺らす程度には驚いた。
数名いる女子大生の中心から、友達に背中を押され、ミディアムボムがよく似合う清楚な女の子が僕の前までやってきた。そして、「日下店長へ」と書かれた淡いピンクの封筒を差し出てきた。
「あの……っ、良かったら読んでください!」
声すら出ないほど驚いた。
受け取ることさえ忘れそうな僕へ、まわりの友達が彼女の後ろから「受け取ってあげて!」と僕にジェスチャーで訴えかける。
あぁ、そうか! 受け取らなきゃ。
はっとして差し出された封筒を受け取ると、彼女は頬を赤らめながら僕を見上げた。
「れ、連絡待ってます!」
悩殺的に可愛かった。
彼女は恥ずかしそうに僕に背を向けると、パタパタと駆け出し店を出て行く。友達も彼女に続いて続々と店を出て行った。
五月の陽気な日差しが開けられたドアから僕を照らし、そしてカランカランと音を立てて、また淡い影を落とした。
1
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
子悪党令息の息子として生まれました
菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!?
ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。
「お父様とお母様本当に仲がいいね」
「良すぎて目の毒だ」
ーーーーーーーーーーー
「僕達の子ども達本当に可愛い!!」
「ゆっくりと見守って上げよう」
偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる