ココア ~僕の同居人はまさかのアイドルだった~

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第二章:そばに居られる条件

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 謝られてしまえば、もうお終いだ。
 これで僕のミステリアスでスリリングな毎日は、また平凡でつまらない日常に戻る。店の男性スタッフと、彼女出来ないなぁなんてぼやきながら、綺麗な女性客にどちらが先に水を出しに行くかなんて競争してさ。それはそれで楽しいのだろうけど、やっぱりくだらなくてつまらない日常に戻ってしまう。

 嫌だよ……、すごく嫌だ。出て行くなんて言わないでくれ。ごめんなんて謝らないでくれ。

 けど、加藤君が決意したんだから、きっともう何を言っても覆らない。二週間、考え抜いたに違いないんだ。こう見えて、加藤君って真面目なところがあるから。

 自然とため息が出てしまった。

 もう……無理だ。彼はこの家を出て行ってしまう。僕らはこれっきりで終わってしまう。金魚……どうするつもりだろう。
 そう思って、視線は自然と水槽へと移った。また僕が面倒をみるんだろうな。……寂しいなんて思いながらさ。

 しかし、加藤君が続けた言葉は僕の思っているものではなかった。

「この前は気を遣わせちゃったよな、ごめん。あいつ、俺の仕事仲間なんだ」
「そ…っか……、うん、そうだよね……」
 そう…そ、……ん?
「え?」

 驚いて加藤君を見た。
 深刻そうな顔をしていたはずの加藤君は、何故かすでにケロっとした顔で僕を見ている。

「本当に知らなくていいんだよね? 全部喋ろうかと思ったんだけど、聞きたくないなら言わないでおくよ。俺もそっちの方が気が楽だし」

 そう言って加藤君は無邪気に笑った。

 あれ? で、出ていかないの? ......っていうか、どういうこと!? 

「いや、教えてもらえるなら知りたいよ!」

 思わず食い気味に言ってしまう。
 出て行くという話じゃなくて、真実を話そうとしてくれていたってこと!? しまった! 完全に早とちりだ!

 だけど加藤君は笑いながら顔を背かせた。

「いや、もう言わねぇ。知らなくっても死なないんだろ?」
「いやまぁ、そうなんだけどっ」
「じゃ、また、いつかね」

 視線だけ僕に向けた加藤君は、いつものようにソファに座り直した。

 ……最悪だ。
 僕はキッチンから加藤君の座るソファまで小走りに近づいた。

「あのっ、じゃ……加藤君……、じゃ、じゃあさ……!」

 上目遣いで僕を見上げる。

 声は少しだけ震えた。

「れ、連絡先、だけ……でも、教えて……欲しい」

 一瞬、ほんの一瞬。加藤君の目には迷いが過ぎった気がしたけど、すぐにダウンジャケットを手に取り、ポケットから携帯を取り出した。

「あんまり出られないかもしんないけど、いい?」

 多いに構わない!
 うんうんと何度も頷き、僕も携帯を取り出した。

 再会して半年。僕はようやく彼の連絡先を教えてもらえた。
 これで安否確認が出来る。無駄に心配しなくて済む。

 加藤君の連絡先を見つめて、僕は心の底から安心した。

「心配したんだからね。この二週間」
「え、なんで?」

 僕の連絡先を登録しながら、加藤君はチラリと僕を見た。

「事故にでもあったのかな……って」

 あはは、と加藤君は軽快に笑った。

「ごめん、ごめん! 超元気に過ごしてました」
「そうみたいだね」

 加藤君の隣に腰を降ろして、僕は大きく息を吐き出した。

 本当に彼が無事で良かった。けど心配して損したとは思わなかった。だって彼の正体をまだ僕は知らないから。いつ居なくなるか、いつ死んじゃうか、いつ殺されるかも分かんないからさ。

「ごめんね、心配かけさせて。お詫びに晩ご飯作るよ」
 
 にっと笑い立ち上がった加藤君の背中を見つめ、僕はこの背中がどれだけ儚いものなんだろうかとどこか寂しさを覚えた。

 この背中に近づくことはできるのだろうか。

 僕は……、僕は──。



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