18 / 160
第二章:そばに居られる条件
6
しおりを挟む
謝られてしまえば、もうお終いだ。
これで僕のミステリアスでスリリングな毎日は、また平凡でつまらない日常に戻る。店の男性スタッフと、彼女出来ないなぁなんてぼやきながら、綺麗な女性客にどちらが先に水を出しに行くかなんて競争してさ。それはそれで楽しいのだろうけど、やっぱりくだらなくてつまらない日常に戻ってしまう。
嫌だよ……、すごく嫌だ。出て行くなんて言わないでくれ。ごめんなんて謝らないでくれ。
けど、加藤君が決意したんだから、きっともう何を言っても覆らない。二週間、考え抜いたに違いないんだ。こう見えて、加藤君って真面目なところがあるから。
自然とため息が出てしまった。
もう……無理だ。彼はこの家を出て行ってしまう。僕らはこれっきりで終わってしまう。金魚……どうするつもりだろう。
そう思って、視線は自然と水槽へと移った。また僕が面倒をみるんだろうな。……寂しいなんて思いながらさ。
しかし、加藤君が続けた言葉は僕の思っているものではなかった。
「この前は気を遣わせちゃったよな、ごめん。あいつ、俺の仕事仲間なんだ」
「そ…っか……、うん、そうだよね……」
そう…そ、……ん?
「え?」
驚いて加藤君を見た。
深刻そうな顔をしていたはずの加藤君は、何故かすでにケロっとした顔で僕を見ている。
「本当に知らなくていいんだよね? 全部喋ろうかと思ったんだけど、聞きたくないなら言わないでおくよ。俺もそっちの方が気が楽だし」
そう言って加藤君は無邪気に笑った。
あれ? で、出ていかないの? ......っていうか、どういうこと!?
「いや、教えてもらえるなら知りたいよ!」
思わず食い気味に言ってしまう。
出て行くという話じゃなくて、真実を話そうとしてくれていたってこと!? しまった! 完全に早とちりだ!
だけど加藤君は笑いながら顔を背かせた。
「いや、もう言わねぇ。知らなくっても死なないんだろ?」
「いやまぁ、そうなんだけどっ」
「じゃ、また、いつかね」
視線だけ僕に向けた加藤君は、いつものようにソファに座り直した。
……最悪だ。
僕はキッチンから加藤君の座るソファまで小走りに近づいた。
「あのっ、じゃ……加藤君……、じゃ、じゃあさ……!」
上目遣いで僕を見上げる。
声は少しだけ震えた。
「れ、連絡先、だけ……でも、教えて……欲しい」
一瞬、ほんの一瞬。加藤君の目には迷いが過ぎった気がしたけど、すぐにダウンジャケットを手に取り、ポケットから携帯を取り出した。
「あんまり出られないかもしんないけど、いい?」
多いに構わない!
うんうんと何度も頷き、僕も携帯を取り出した。
再会して半年。僕はようやく彼の連絡先を教えてもらえた。
これで安否確認が出来る。無駄に心配しなくて済む。
加藤君の連絡先を見つめて、僕は心の底から安心した。
「心配したんだからね。この二週間」
「え、なんで?」
僕の連絡先を登録しながら、加藤君はチラリと僕を見た。
「事故にでもあったのかな……って」
あはは、と加藤君は軽快に笑った。
「ごめん、ごめん! 超元気に過ごしてました」
「そうみたいだね」
加藤君の隣に腰を降ろして、僕は大きく息を吐き出した。
本当に彼が無事で良かった。けど心配して損したとは思わなかった。だって彼の正体をまだ僕は知らないから。いつ居なくなるか、いつ死んじゃうか、いつ殺されるかも分かんないからさ。
「ごめんね、心配かけさせて。お詫びに晩ご飯作るよ」
にっと笑い立ち上がった加藤君の背中を見つめ、僕はこの背中がどれだけ儚いものなんだろうかとどこか寂しさを覚えた。
この背中に近づくことはできるのだろうか。
僕は……、僕は──。
これで僕のミステリアスでスリリングな毎日は、また平凡でつまらない日常に戻る。店の男性スタッフと、彼女出来ないなぁなんてぼやきながら、綺麗な女性客にどちらが先に水を出しに行くかなんて競争してさ。それはそれで楽しいのだろうけど、やっぱりくだらなくてつまらない日常に戻ってしまう。
嫌だよ……、すごく嫌だ。出て行くなんて言わないでくれ。ごめんなんて謝らないでくれ。
けど、加藤君が決意したんだから、きっともう何を言っても覆らない。二週間、考え抜いたに違いないんだ。こう見えて、加藤君って真面目なところがあるから。
自然とため息が出てしまった。
もう……無理だ。彼はこの家を出て行ってしまう。僕らはこれっきりで終わってしまう。金魚……どうするつもりだろう。
そう思って、視線は自然と水槽へと移った。また僕が面倒をみるんだろうな。……寂しいなんて思いながらさ。
しかし、加藤君が続けた言葉は僕の思っているものではなかった。
「この前は気を遣わせちゃったよな、ごめん。あいつ、俺の仕事仲間なんだ」
「そ…っか……、うん、そうだよね……」
そう…そ、……ん?
「え?」
驚いて加藤君を見た。
深刻そうな顔をしていたはずの加藤君は、何故かすでにケロっとした顔で僕を見ている。
「本当に知らなくていいんだよね? 全部喋ろうかと思ったんだけど、聞きたくないなら言わないでおくよ。俺もそっちの方が気が楽だし」
そう言って加藤君は無邪気に笑った。
あれ? で、出ていかないの? ......っていうか、どういうこと!?
「いや、教えてもらえるなら知りたいよ!」
思わず食い気味に言ってしまう。
出て行くという話じゃなくて、真実を話そうとしてくれていたってこと!? しまった! 完全に早とちりだ!
だけど加藤君は笑いながら顔を背かせた。
「いや、もう言わねぇ。知らなくっても死なないんだろ?」
「いやまぁ、そうなんだけどっ」
「じゃ、また、いつかね」
視線だけ僕に向けた加藤君は、いつものようにソファに座り直した。
……最悪だ。
僕はキッチンから加藤君の座るソファまで小走りに近づいた。
「あのっ、じゃ……加藤君……、じゃ、じゃあさ……!」
上目遣いで僕を見上げる。
声は少しだけ震えた。
「れ、連絡先、だけ……でも、教えて……欲しい」
一瞬、ほんの一瞬。加藤君の目には迷いが過ぎった気がしたけど、すぐにダウンジャケットを手に取り、ポケットから携帯を取り出した。
「あんまり出られないかもしんないけど、いい?」
多いに構わない!
うんうんと何度も頷き、僕も携帯を取り出した。
再会して半年。僕はようやく彼の連絡先を教えてもらえた。
これで安否確認が出来る。無駄に心配しなくて済む。
加藤君の連絡先を見つめて、僕は心の底から安心した。
「心配したんだからね。この二週間」
「え、なんで?」
僕の連絡先を登録しながら、加藤君はチラリと僕を見た。
「事故にでもあったのかな……って」
あはは、と加藤君は軽快に笑った。
「ごめん、ごめん! 超元気に過ごしてました」
「そうみたいだね」
加藤君の隣に腰を降ろして、僕は大きく息を吐き出した。
本当に彼が無事で良かった。けど心配して損したとは思わなかった。だって彼の正体をまだ僕は知らないから。いつ居なくなるか、いつ死んじゃうか、いつ殺されるかも分かんないからさ。
「ごめんね、心配かけさせて。お詫びに晩ご飯作るよ」
にっと笑い立ち上がった加藤君の背中を見つめ、僕はこの背中がどれだけ儚いものなんだろうかとどこか寂しさを覚えた。
この背中に近づくことはできるのだろうか。
僕は……、僕は──。
10
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。

林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。

人気俳優と恋に落ちたら
山吹レイ
BL
男性アイドルグループ『ムーンシュガー』のメンバーである冬木行理(ふゆき あんり)は、夜のクラブで人気俳優の柏原為純(かしわばら ためずみ)と出会う。
そこで為純からキスをされ、写真を撮られてしまった。
翌日、写真はネットニュースに取り上げられ、為純もなぜか交際を認める発言をしたことから、二人は付き合うふりをすることになり……。
完結しました。
※誤字脱字の加筆修正が入る場合があります。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる