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第二章:そばに居られる条件
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もうさすがにじっと座っていられなくて、コンビニまで迎えに行こうかなんて考えてしまう。きっとコンビニで間違いないんだ。ウロウロと部屋の中を歩き回り、冷蔵庫から水を取り出して飲んだけど、全然気持ちは落ち着かない。
静かな部屋に鳴り響くのは、時計の秒針音と、フープから僅かに聞こえてくるボールのドリブル音だけ。見慣れたこの部屋にぽつんと置かれている鞄だけが加藤君の存在をそこに残している。
そっと鞄を手に取り、開かない玄関を確かめる。悪いのは百も承知……、だけど僕はそっとそのチャックを開けた。
ジジ…ィと音を立てて開いた鞄の中には、真っ黒のシンプルな手帳と、駅前で貰ったのだろうポケットティッシュがひとつ、目薬に薬用リップ、そして見慣れた財布が入っていた。
「え、財布?」
加藤君はコンビニに出掛けたわけじゃない?
そのまま鞄のチャックを閉めると、僕は急いで寝室のクローゼットを開けた。だけどそこにあるはずのものがなくなっている。
僕は急いで部屋を出た。鍵だって掛けるのを忘れてアパートを出ると、隣のフープで見事なシュートを決めた加藤君を見た。
「加藤君……だったんだ」
僕のクローゼットからバスケットボールを盗み出して、ひとりでシュート練習をしている。ニット帽からは、少しだけ出ている茶色い髪が窺えた。ベンチにはダウンジャケットが乱雑に投げ出され、その脇には小さなホット用ペットボトルが置いてある。
彼は僕に気付かず黙々とシュートを打ち続け、スリーポイントシュートが外れた時、ようやく僕に気付いた。
テンテンとボールはコートを転がり、追いかけようとした加藤君が途中で立ち止まる。
お互い言葉が見つからなかった。
もともといつ切れたっておかしくない関係だ。だってお互いのこと何も知らない。このまま帰ってこないことだって覚悟した。もう加藤君の布団にだって香水の匂いは残っていないから、片付けてしまっても良かったんだ。
でも出来なかった。加藤君のいる生活が名残り惜しすぎた。楽しすぎたよ。
「寒いから、帰ろう?」
上着も着て来ていない。春と称される三月だけど、寒いものは寒い。
加藤君は聞こえない返事をしてボールを拾い上げると、ダウンとペットボトルを持ってこちらに歩いてきた。
サングラスはもちろんしていない。大きな瞳を隠さず僕に見せてくれる。まるで秘密なんか何もないみたいに、無防備に。
無言でアパートに入って、狭いエレベーターに二人乗り込む。三階の部屋に戻って、暖房の効いた部屋の暖かさにどこかほっとした。
昨日まで居なかった加藤君が部屋にいる。気まずい顔をしているけど、僕は君がここに帰って来てくれただけで嬉しいよ。生きていてくれたことに安心してるんだから。
「何か飲む?」
ソファにダウンを置き、空のペットボトルをゴミ箱に捨てた彼にそう問うと、コクンと素直に頷いた。
「ココア、紅茶、柚子茶、コーヒー、チャ…」
「ココア」
僕の言葉を遮って加藤君が答えた。
「女の子みたいだね」
ココアパウダーの入った缶を取り出しながらそんなことを言うと、加藤君が何やらごちゃごちゃ文句を言ったが、当然聞こえない振りを決め込んだ。
ケトルの湯が沸き、ココアを持ってソファに座う彼へ手渡す。僕もココアを飲むことにした。
静かな部屋に鳴り響くのは、時計の秒針音と、フープから僅かに聞こえてくるボールのドリブル音だけ。見慣れたこの部屋にぽつんと置かれている鞄だけが加藤君の存在をそこに残している。
そっと鞄を手に取り、開かない玄関を確かめる。悪いのは百も承知……、だけど僕はそっとそのチャックを開けた。
ジジ…ィと音を立てて開いた鞄の中には、真っ黒のシンプルな手帳と、駅前で貰ったのだろうポケットティッシュがひとつ、目薬に薬用リップ、そして見慣れた財布が入っていた。
「え、財布?」
加藤君はコンビニに出掛けたわけじゃない?
そのまま鞄のチャックを閉めると、僕は急いで寝室のクローゼットを開けた。だけどそこにあるはずのものがなくなっている。
僕は急いで部屋を出た。鍵だって掛けるのを忘れてアパートを出ると、隣のフープで見事なシュートを決めた加藤君を見た。
「加藤君……だったんだ」
僕のクローゼットからバスケットボールを盗み出して、ひとりでシュート練習をしている。ニット帽からは、少しだけ出ている茶色い髪が窺えた。ベンチにはダウンジャケットが乱雑に投げ出され、その脇には小さなホット用ペットボトルが置いてある。
彼は僕に気付かず黙々とシュートを打ち続け、スリーポイントシュートが外れた時、ようやく僕に気付いた。
テンテンとボールはコートを転がり、追いかけようとした加藤君が途中で立ち止まる。
お互い言葉が見つからなかった。
もともといつ切れたっておかしくない関係だ。だってお互いのこと何も知らない。このまま帰ってこないことだって覚悟した。もう加藤君の布団にだって香水の匂いは残っていないから、片付けてしまっても良かったんだ。
でも出来なかった。加藤君のいる生活が名残り惜しすぎた。楽しすぎたよ。
「寒いから、帰ろう?」
上着も着て来ていない。春と称される三月だけど、寒いものは寒い。
加藤君は聞こえない返事をしてボールを拾い上げると、ダウンとペットボトルを持ってこちらに歩いてきた。
サングラスはもちろんしていない。大きな瞳を隠さず僕に見せてくれる。まるで秘密なんか何もないみたいに、無防備に。
無言でアパートに入って、狭いエレベーターに二人乗り込む。三階の部屋に戻って、暖房の効いた部屋の暖かさにどこかほっとした。
昨日まで居なかった加藤君が部屋にいる。気まずい顔をしているけど、僕は君がここに帰って来てくれただけで嬉しいよ。生きていてくれたことに安心してるんだから。
「何か飲む?」
ソファにダウンを置き、空のペットボトルをゴミ箱に捨てた彼にそう問うと、コクンと素直に頷いた。
「ココア、紅茶、柚子茶、コーヒー、チャ…」
「ココア」
僕の言葉を遮って加藤君が答えた。
「女の子みたいだね」
ココアパウダーの入った缶を取り出しながらそんなことを言うと、加藤君が何やらごちゃごちゃ文句を言ったが、当然聞こえない振りを決め込んだ。
ケトルの湯が沸き、ココアを持ってソファに座う彼へ手渡す。僕もココアを飲むことにした。
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