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なけなしザッハトルテ8
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竹内さんの新居は、比較的新しい賃貸で、1LDKの広々とした家だった。1Kの俺の家より……断然広くてきれいだ。
そしてふと思う。
「そういえば新しい仕事、決まってるんですか?」
玄関で靴を脱ぎ、左右に伸びている廊下のどちらに進むべきか悩みながら聞くと、彼は俺の後ろから「はい」とすぐに返事を寄越した。
「そのことで少しお話が……」
そう言われ、ドキっとする。
な……、なんだよ。そんな改まって言わなきゃいけないような職業に就くのか?
恐る恐る振り返ると、竹内さんはにっこり微笑み、「左です」と俺をリビングに向かわせた。
まだまだ殺風景な部屋。
小さな机とクッション、テレビ。そこにはソファもなければダイニングセットもない。生活するために本当に必要な、最低限のものしか揃っていない状態だ。
竹内さんは「頂いた時計、どこに掛けようかな」と言いながら白い壁をキョロキョロと見回す。二人で、あっちかなこっちかなと言いあいながらセットし終え、部屋に新しく仲間入りした壁掛け時計に「いいじゃん!」と笑い合った。
その後、夕ご飯の出前を注文し、小さなテーブルを囲みながら竹内さんは話し出した。
「水道業を辞めるに当たって、新しい仕事が見つかるまでの間、レストランにもう少しシフトを入れてもらえないかと店長に相談したところ、思わぬお話を頂きまして」
そう切り出した竹内さんが、どこか申し訳なさそうに眉を下げる。なんだろう……、あまりいい話じゃないのだろうか? だけど、店長の紹介なら、きっと悪い話ではないと思うんだけど。
眉を下げる竹内さんにわずかに不安を募らせたが、実際はやはり、全然そうではなかった。
「今日、ランチを食べに行った二号店。あっちで、社員にならないか、と」
二号……店の、社員??
それこそ本当に、思わぬ話だった。
「二号店ですか? 母店じゃなくて?」
「えぇ。二号店の方が一号店より規模も大きいでしょ? 先月の三月には、学生スタッフが抜けてしまって、今月末には社員が一人退職するみたいなんです。それで、スタッフの募集を今出してるみたいなんですけど、社員枠を私に当ててくださることになって」
「やったじゃん!!」
思わず声が出た。
そんな俺に、竹内さんは目を丸めた。
「一誠さんもう三十七歳だろ? 新しい仕事探すのだって楽じゃないし、新しく仕事を覚え直すのだって簡単じゃないじゃん。でも、店は違えども慣れた仕事ですぐに再出発出来るなんて、めっちゃ良かったじゃん!」
タイミングが良かったのだろうと思う。この時期じゃなかったらこんないい話なかっただろう。
「二号店には森本さんもいるし、向こうの料理長は……坂井さんだよね? 知ってるスタッフも他に何人かいるだろ? こんないい話ないよ! 本当に良かった! おめでとう!」
竹内さんは、喜ぶ俺に安心したように笑いだすと、そっと俺の手を取り、そのまま引き寄せ抱きしめてきた。
そしてふと思う。
「そういえば新しい仕事、決まってるんですか?」
玄関で靴を脱ぎ、左右に伸びている廊下のどちらに進むべきか悩みながら聞くと、彼は俺の後ろから「はい」とすぐに返事を寄越した。
「そのことで少しお話が……」
そう言われ、ドキっとする。
な……、なんだよ。そんな改まって言わなきゃいけないような職業に就くのか?
恐る恐る振り返ると、竹内さんはにっこり微笑み、「左です」と俺をリビングに向かわせた。
まだまだ殺風景な部屋。
小さな机とクッション、テレビ。そこにはソファもなければダイニングセットもない。生活するために本当に必要な、最低限のものしか揃っていない状態だ。
竹内さんは「頂いた時計、どこに掛けようかな」と言いながら白い壁をキョロキョロと見回す。二人で、あっちかなこっちかなと言いあいながらセットし終え、部屋に新しく仲間入りした壁掛け時計に「いいじゃん!」と笑い合った。
その後、夕ご飯の出前を注文し、小さなテーブルを囲みながら竹内さんは話し出した。
「水道業を辞めるに当たって、新しい仕事が見つかるまでの間、レストランにもう少しシフトを入れてもらえないかと店長に相談したところ、思わぬお話を頂きまして」
そう切り出した竹内さんが、どこか申し訳なさそうに眉を下げる。なんだろう……、あまりいい話じゃないのだろうか? だけど、店長の紹介なら、きっと悪い話ではないと思うんだけど。
眉を下げる竹内さんにわずかに不安を募らせたが、実際はやはり、全然そうではなかった。
「今日、ランチを食べに行った二号店。あっちで、社員にならないか、と」
二号……店の、社員??
それこそ本当に、思わぬ話だった。
「二号店ですか? 母店じゃなくて?」
「えぇ。二号店の方が一号店より規模も大きいでしょ? 先月の三月には、学生スタッフが抜けてしまって、今月末には社員が一人退職するみたいなんです。それで、スタッフの募集を今出してるみたいなんですけど、社員枠を私に当ててくださることになって」
「やったじゃん!!」
思わず声が出た。
そんな俺に、竹内さんは目を丸めた。
「一誠さんもう三十七歳だろ? 新しい仕事探すのだって楽じゃないし、新しく仕事を覚え直すのだって簡単じゃないじゃん。でも、店は違えども慣れた仕事ですぐに再出発出来るなんて、めっちゃ良かったじゃん!」
タイミングが良かったのだろうと思う。この時期じゃなかったらこんないい話なかっただろう。
「二号店には森本さんもいるし、向こうの料理長は……坂井さんだよね? 知ってるスタッフも他に何人かいるだろ? こんないい話ないよ! 本当に良かった! おめでとう!」
竹内さんは、喜ぶ俺に安心したように笑いだすと、そっと俺の手を取り、そのまま引き寄せ抱きしめてきた。
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