44 / 54
なけなしザッハトルテ7
2
しおりを挟む
「とはいえ、現状をお伝えするなら、実はまだ妻を説得している最中なんです。私はずっと離婚一択で話をしているのですが、なかなか頷いて貰えなくて。泣かれれば泣かれるほど、愛していると言われれば言われるほど……なにか、離婚以外の方法があるんじゃないかと、私も考えさせられたりもして」
すごく、リアルな話だった。
情けないけど、「そうなんですね」の一言さえ相槌を打てない。離婚以外の方法? それこそ、別居とかそういうこと? 例えば子供が成人するまでとか? いやでもそんなの、正直、俺が待てないじゃんか。
無言の俺に、木崎さんは電話の向こうで困ったように笑った。
「まだ何も決まってはいませんが、きちんと話し合って、どうにか終わりを見つけます。幸いなのは、私に明智さんという存在はいることを妻がまだ知らないことです。ネット友達だった高校生の子の事ばかりで。だから、その……」
そこまで言うと、木崎さんは少し申し訳なさそうに頼りない声で言った。
「離婚が確実に成立するまでは……、しばらく二人きりで会うことは控えようかと思っていまして」
冷静に考えたら、それが正解だろう。
下手に密会を繰り返して不貞事実が露呈すれば、離婚時の慰謝料は跳ね上がるだろうし、俺にだって慰謝料を求められることだって有り得る。だから、普通に考えればその選択が絶対に安パイってやつだ。
「そう……ですか」
でも、ショックはショックだ。それを隠しきれない。
「すみません。なので、離婚まではLINEも、電話の発着信も、逐一削除させてもらうことになります。許してください」
見えないけど、電話の向こうで木崎さんが頭を下げているような気がして、俺も見えていないのにふるふると首を振った。
「だい……丈夫です。確かに、今は控えた方がいいですよね。俺もそう思います!」
そう思うのは確かだ。ただ……少し寂しい。
ホワイトデーに告白しようって決めたけど、難しいかもしれないな。
「すみません、本当に。だけど、そのっ、明智さん!」
謝罪もそこそこに、木崎さんは必至な様子で俺の名を呼んだ。
「あの、可能ならば……っ、笑い飛ばして、ください……ませんか?」
勢いよく喋り出した木崎さんは、尻すぼみにそう頼んできた。
笑い……飛ばす。
苦笑が漏れた。俺はまだそれを求められる存在なのか、と。「上手くやれよバカ」と、俺はまだそれを言わなきゃいけないのか。
けど、それで木崎さんが頑張れるのなら……と、俺は息を吸い込む。でも、「上手くやれよバカ」とは、言えなかった。
代わりに漏れたのは震えた息で。
木崎さんは、「ぁ」と小さく声を漏らすと、優しい声でもう一度俺の名を呼んだ。
「ごめんなさい、明智さん。聞きたいんです、どうしても。明智さんの声で “大丈夫だ” と、 “大したことない” と、そう笑って……励まして欲しいんです」
そんな風に言われて、思い出した。
あぁ、そうだ。木崎さんは、俺の想像の斜め上に居るんだった。
求められる言葉が変わっていることに、俺は涙が込み上がった。
俺は……そう言って、誰かを救ってみたかった。大丈夫、大丈夫と励まして、寄り添って、誰かの傍で、誰かの力になって、誰かの味方に……ううん、大切な人の味方になりたかった。
木崎さん……、あなたは俺にその言葉を……求めてくれるのか?
すごく、リアルな話だった。
情けないけど、「そうなんですね」の一言さえ相槌を打てない。離婚以外の方法? それこそ、別居とかそういうこと? 例えば子供が成人するまでとか? いやでもそんなの、正直、俺が待てないじゃんか。
無言の俺に、木崎さんは電話の向こうで困ったように笑った。
「まだ何も決まってはいませんが、きちんと話し合って、どうにか終わりを見つけます。幸いなのは、私に明智さんという存在はいることを妻がまだ知らないことです。ネット友達だった高校生の子の事ばかりで。だから、その……」
そこまで言うと、木崎さんは少し申し訳なさそうに頼りない声で言った。
「離婚が確実に成立するまでは……、しばらく二人きりで会うことは控えようかと思っていまして」
冷静に考えたら、それが正解だろう。
下手に密会を繰り返して不貞事実が露呈すれば、離婚時の慰謝料は跳ね上がるだろうし、俺にだって慰謝料を求められることだって有り得る。だから、普通に考えればその選択が絶対に安パイってやつだ。
「そう……ですか」
でも、ショックはショックだ。それを隠しきれない。
「すみません。なので、離婚まではLINEも、電話の発着信も、逐一削除させてもらうことになります。許してください」
見えないけど、電話の向こうで木崎さんが頭を下げているような気がして、俺も見えていないのにふるふると首を振った。
「だい……丈夫です。確かに、今は控えた方がいいですよね。俺もそう思います!」
そう思うのは確かだ。ただ……少し寂しい。
ホワイトデーに告白しようって決めたけど、難しいかもしれないな。
「すみません、本当に。だけど、そのっ、明智さん!」
謝罪もそこそこに、木崎さんは必至な様子で俺の名を呼んだ。
「あの、可能ならば……っ、笑い飛ばして、ください……ませんか?」
勢いよく喋り出した木崎さんは、尻すぼみにそう頼んできた。
笑い……飛ばす。
苦笑が漏れた。俺はまだそれを求められる存在なのか、と。「上手くやれよバカ」と、俺はまだそれを言わなきゃいけないのか。
けど、それで木崎さんが頑張れるのなら……と、俺は息を吸い込む。でも、「上手くやれよバカ」とは、言えなかった。
代わりに漏れたのは震えた息で。
木崎さんは、「ぁ」と小さく声を漏らすと、優しい声でもう一度俺の名を呼んだ。
「ごめんなさい、明智さん。聞きたいんです、どうしても。明智さんの声で “大丈夫だ” と、 “大したことない” と、そう笑って……励まして欲しいんです」
そんな風に言われて、思い出した。
あぁ、そうだ。木崎さんは、俺の想像の斜め上に居るんだった。
求められる言葉が変わっていることに、俺は涙が込み上がった。
俺は……そう言って、誰かを救ってみたかった。大丈夫、大丈夫と励まして、寄り添って、誰かの傍で、誰かの力になって、誰かの味方に……ううん、大切な人の味方になりたかった。
木崎さん……、あなたは俺にその言葉を……求めてくれるのか?
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる