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なけなしザッハトルテ6
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「もう一度戻ってきて欲しかった。近くで……一番近くで笑っていて欲しかった。触れたくて仕方なかった。それでも……修也の気持ちも、士浪の気持ちも尊重したくて……、俺」
「……楓」
握り合った手は痛いほどだった。でも、俺も楓も、決してその手を離せなかった。
「好きだった。好きで好きで、どうしようもなかった。……こんな俺でごめん。辛かったよな、腹立ったよな。悲しい思いさせて、寂しい思いをさせて……本当にごめん、士浪……っ」
楓……。
謝らなきゃいけないのは……俺の方だ。
「でも信じて……俺は本当に士浪を愛してた。世界で一番、好きだったんだ!!」
俺の瞳から止まらない涙がこぼれて落ちてゆく。
愛されていたんだ。俺は、人生で一番愛した男からちゃんと愛されていた。一人で卑屈になって、姿をくらました笹森に嫉妬して、一番大事な人の気持ちを疑って……。
「ごめん……楓。楓の “好き” を……あの頃信じられなくて、本当にごめん」
膝をついている楓の前に俺もしゃがみ込み、十六年ぶりに抱きしめた。
「俺も愛してた。世界で一番、楓の事が好きだったよ。ありがとう」
俺の背中に回った楓の腕の中で、辛かったあの頃の思い出が、いい思い出に変わっていく気がした。美化されて、キラキラ光ってくような気がした。
二人で泣いて、二人でお互いの涙を拭って、楓は俺に笑ってくれた。
「会えて良かった。好きだったって、ちゃんと伝えられて良かった。ずっと心残りだったからさ」
楓は泣き尽くしてすっきりしたような顔でそう言うと、俺の手を引いて立ち上がった。そして俺の背後に立つ木崎さんに視線を配り、苦笑を浮かべる。
「彼氏だろ? すげぇこえーじゃん」
普段はこんな感じじゃないんだけど、と言おうかどうか迷って、黙っておいた。実は案外、言いたいことズバズバ言っちゃう系なのかもしれないし。
でも、そういう木崎さんも俺は嫌いじゃないよ。スカっとするじゃん。かっこいいと思う。
「でも、客観的に俺がそう見えるってこと、教えてもらえた。すげぇ収穫、……って思うことにする。傷ついたけど。一応……ありがとうございます」
そう言ってペコリと頭を下げる。
木崎さんも微妙な顔して会釈を返し、楓はスーツのポケットからハンカチを取り出すと、そっと俺の涙を拭った。
そして改めて木崎さんに深くお辞儀したんだ。
「みっともないところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。士浪の事、よろしくお願いします」
もうこうなると、俺も木崎さんも「恋人じゃないんだ」とはとても言えなかった。
困ったように木崎さんを見ると、彼も眉を下げて苦笑いし、静かに「はい」と頷いた。そう頷くしかないのは分かっていてもちょっと照れてしまう。俺って……単純。だけど、何も知らない楓は、木崎さんの返事に安心したような顔で笑った。
「じゃあな士浪。彼氏と仲良くしろよ。あと、毎年GWに同級会してるからさ、お前もたまには顔見せろよ。案内来てるだろ?」
来てるけどさ。お前が居るかなと思ったら、行くに行けなかったんだよ。
「うん。前向きに考えとく」
「はは! その返事、来ないつもりだ」
「そんなことないって」
最後は笑って手を振れた。
店先まで見送って、街の雑踏に消えて行く楓の姿に背を向ける。木崎さんはどうしてるかな、と思ってトイレを覗くが、もうそこに道具箱はなく、どこに行ったのだろうとキョロキョロしていると、店の入り口から伝票を持ってレジに真っ直ぐ向かう彼を見つけた。
そうだ、仕事中だったんだ!
店員から修理費を貰い終わったところで、俺は彼の隣に並んだ。
「き~さきさん」
俺の呼び声に彼はこちらを見ると、情けなく眉を下げて笑った。
「もう、お別れしてきたんですか?」
「はい。あいつも仕事中ですしね」
「申し訳ございませんでした、明智さん」
だけど突然謝られて、俺は目を丸めた。
なに? 何の謝罪?
「でしゃばった真似をした上に……何か勘違いしていたようで……」
頭上に『しゅん』と文字が出てきそうなくらい、木崎さんは反省しているようだった。なんだか可愛い。
でも、そうじゃないよ、木崎さん。
「俺、感謝していますよ。助けに来てくれて、ありがとうございました」
「……楓」
握り合った手は痛いほどだった。でも、俺も楓も、決してその手を離せなかった。
「好きだった。好きで好きで、どうしようもなかった。……こんな俺でごめん。辛かったよな、腹立ったよな。悲しい思いさせて、寂しい思いをさせて……本当にごめん、士浪……っ」
楓……。
謝らなきゃいけないのは……俺の方だ。
「でも信じて……俺は本当に士浪を愛してた。世界で一番、好きだったんだ!!」
俺の瞳から止まらない涙がこぼれて落ちてゆく。
愛されていたんだ。俺は、人生で一番愛した男からちゃんと愛されていた。一人で卑屈になって、姿をくらました笹森に嫉妬して、一番大事な人の気持ちを疑って……。
「ごめん……楓。楓の “好き” を……あの頃信じられなくて、本当にごめん」
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俺の背中に回った楓の腕の中で、辛かったあの頃の思い出が、いい思い出に変わっていく気がした。美化されて、キラキラ光ってくような気がした。
二人で泣いて、二人でお互いの涙を拭って、楓は俺に笑ってくれた。
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楓は泣き尽くしてすっきりしたような顔でそう言うと、俺の手を引いて立ち上がった。そして俺の背後に立つ木崎さんに視線を配り、苦笑を浮かべる。
「彼氏だろ? すげぇこえーじゃん」
普段はこんな感じじゃないんだけど、と言おうかどうか迷って、黙っておいた。実は案外、言いたいことズバズバ言っちゃう系なのかもしれないし。
でも、そういう木崎さんも俺は嫌いじゃないよ。スカっとするじゃん。かっこいいと思う。
「でも、客観的に俺がそう見えるってこと、教えてもらえた。すげぇ収穫、……って思うことにする。傷ついたけど。一応……ありがとうございます」
そう言ってペコリと頭を下げる。
木崎さんも微妙な顔して会釈を返し、楓はスーツのポケットからハンカチを取り出すと、そっと俺の涙を拭った。
そして改めて木崎さんに深くお辞儀したんだ。
「みっともないところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。士浪の事、よろしくお願いします」
もうこうなると、俺も木崎さんも「恋人じゃないんだ」とはとても言えなかった。
困ったように木崎さんを見ると、彼も眉を下げて苦笑いし、静かに「はい」と頷いた。そう頷くしかないのは分かっていてもちょっと照れてしまう。俺って……単純。だけど、何も知らない楓は、木崎さんの返事に安心したような顔で笑った。
「じゃあな士浪。彼氏と仲良くしろよ。あと、毎年GWに同級会してるからさ、お前もたまには顔見せろよ。案内来てるだろ?」
来てるけどさ。お前が居るかなと思ったら、行くに行けなかったんだよ。
「うん。前向きに考えとく」
「はは! その返事、来ないつもりだ」
「そんなことないって」
最後は笑って手を振れた。
店先まで見送って、街の雑踏に消えて行く楓の姿に背を向ける。木崎さんはどうしてるかな、と思ってトイレを覗くが、もうそこに道具箱はなく、どこに行ったのだろうとキョロキョロしていると、店の入り口から伝票を持ってレジに真っ直ぐ向かう彼を見つけた。
そうだ、仕事中だったんだ!
店員から修理費を貰い終わったところで、俺は彼の隣に並んだ。
「き~さきさん」
俺の呼び声に彼はこちらを見ると、情けなく眉を下げて笑った。
「もう、お別れしてきたんですか?」
「はい。あいつも仕事中ですしね」
「申し訳ございませんでした、明智さん」
だけど突然謝られて、俺は目を丸めた。
なに? 何の謝罪?
「でしゃばった真似をした上に……何か勘違いしていたようで……」
頭上に『しゅん』と文字が出てきそうなくらい、木崎さんは反省しているようだった。なんだか可愛い。
でも、そうじゃないよ、木崎さん。
「俺、感謝していますよ。助けに来てくれて、ありがとうございました」
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