ジェントルマンズショコラ〜大人だって突然恋をする〜

2wei

文字の大きさ
上 下
32 / 54
なけなしザッハトルテ5

しおりを挟む
 三人で試食をしている間に俺は注文の入っていたパフェを二つ作り終えると、それを彼らの前に出した。

「はい。十番テーブル。お願いします」
「あ、私が行きます」

 そう言ってすぐにシルバーを置いたのは案の定木崎さんだった。

 トレイの上にパフェと専用スプーンを乗せ、オーダースリップを手に取ったところを見計らい、俺はそっと彼の腕に触れた。とんと叩くような、そんな軽いスキンシップ。
 ぱっとこちらを見た木崎さんと目が合い、わずか沈黙。だけど、彼はすぐに恥ずかしそうにはにかんだ。
 だから俺も微笑み返して、「お願いします」とただそれだけを伝えた。

 こくりと頷いた木崎さんは、スキップでもし出しそうなくらいニヤニヤ微笑みながら厨房を出ていく。

 ……かっちゃんが言った通りだ。

『何も言わなくていいから、ただそっと背中を押してあげなさい』

 それが、かっちゃんからのアドバイスだった。厨房の作業台を挟んでいるから、どうしても背中に触れることは叶わなかったけど、ちゃんと……伝わってる。木崎さんは、俺のエールをちゃんと受け取ってくれる。喜んでくれる。
 ちゃんと……嬉しそうに笑ってくれた。

 木崎さんがどんな決断を下すのかは分からないけど、かっちゃんは言うんだ。「必ず士浪の印象が残る」って。「自分がどんな道を選ぼうと、士浪は味方なんだって、必ずそう思って安心する」って。

 安心……か。さっき見せた恥ずかしそうな笑みは、……確かに、そんな顔だったかもしれない。

 この歳になって初めて知る感覚だ。

 仕事以外で、誰かの安心材料になれるなんて。頼られるとか、信頼してもらえるとか、俺そういうの今までろくに──……。

 木崎さんに触れた右手を握り込む。
 掌が照れてる気がした。

 独身貴族のゲイに離婚の相談なんかするなよって、本気でそう思ったけど、「知らないから」とか「分からないから」とか、「縁遠いから」とか「関係ないから」とか……そういうんじゃないんだな。「上手くアドバイス出来ない」とか、「自信ない」とか、「俺じゃ役に立たない」とか、そういうのでも……ないんだな。

 握り込んだ手を開いて見つめると、なんだかすごく泣きたい気持ちになった。

 三十過ぎて、初めて知ったよ。
 いや、違う。三十過ぎる今の今まで……、俺はただ、勇気を持てなかっただけだ。こういうことから逃げ回ってきた。軽薄で安っぽい人間を演じて、傷つくことを恐れて、人との距離をちゃんと詰めようとしてこなかった。

 こんな……こんな俺でも、木崎さんは俺を……頼ってくれるのか。

 それが嬉しくて、笑顔でホールに向かった彼の顔がずっと離れなかった。


 その日、木崎さんはもう厨房に顔を出すことはなく、二十時、俺の勤務が終わった。コック服を脱ぎ、ロッカーの鏡に映る『チャラい俺』を見つめる。

「……武装」

 鏡に映る己に触れる。
 これはきっと武装なんだ。傷つかないための最強の武装。

 耳の奥に響くのは、嘘くさい「好きだよ」の言葉。あいつは俺の事なんて少しも好きじゃなかっただろ。あいつは女が好きで、姿をくらました笹森の事が心残りで、俺と手を繋ぐことも、デートすることも、キスすることも、エッチすることだってもちろん……苦痛以外の何物でもなかっただろう。

「今……何してるのかな」

 高校を卒業して以来会っていない。
 今更未練があるとかそういうわけじゃないけど、俺が今まで本気で好きになった男は和泉しか居なくて。あれ以来、真面目に人を愛すことから逃げて来たんだ。だから俺、木崎さんから寄せられる信頼が、今、子供の様に……嬉しい。
 高校生のあの時、俺は和泉の気持ちを救ってやることが出来なかったけど、今度こそ……俺は今度こそ好きになった男性ひとの心を……救ってみせるって、自分に誓うよ。

「バイバイ、チャラい俺。うまくやれよ……、失敗すんなよ、俺!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

処理中です...