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なけなしザッハトルテ5
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ぱっと二人が振り返り、女の子は「私ですか?」というように自分を指さすから、そうだと頷き、「来い来い」とこちらに呼び寄せた。ついでに木崎さんも一緒に。二人は揃ってこちらに来ると、きょとんとした顔で俺を見た。
「新人さんでしょ?」
聞くと彼女は「はい!」と緊張した様子で返事した。
「これ、試食していいよ。うちの店の味、覚えておいてもらいたいし」
そう言って、さっき試作していたグランメニューの肉料理を二人の前に差し出した。
「えっ! い、いいんですか!?」
彼女は驚いたが、どうせスタッフの誰かの胃袋に入るのだ。物珍しい料理がメインディッシュになる時はディナー前に試作を作ることがある。大体は厨房スタッフ達で食べてしまうのだが、誰が食べたって誰も文句は言わない。
現に俺がこれをホールスタッフに差し出していても、厨房スタッフもオーナーシェフも何も言わない。完全にスルーだ。
「どうぞ。よかったら木崎さんも食べてください。あ。いちごのムースもどうぞ」
ついでにムースも二つ冷蔵庫から取り出して二人の前に置くと、彼女は嬉しそうに笑った。
「ほんとにいいんですか?」
「ほんとにいいよ。ラッキーだったね~」
「はい!」
素直な子だ。
木崎さんも隣で微笑み、きっと俺と同じことを思ったに違いない。
喜ぶ彼女のために、彼はシルバーと取り皿を準備し、綺麗にサーブしてあげた。
「はい、どうぞ」
「わぁ、美味しそう!」
手を合わせて感激する彼女に俺は一言添えた。
「味を知っておくのも仕事だからね」
「はい!」
本当に素直な子だ。ふふっと俺も木崎さんにも笑顔がこぼれる。
「いただきます!」
「いただきます」
手を合わせる二人を横目に、俺は通っているオーダーの盛り付けに取り掛かった。
美味しいねと言いながら肉料理を食べる二人を、厨房スタッフはきっとみんな盗み見していて、「美味しいなら良かった」と全員がそう思っただろうと思う。
「いちごのムースもすごく綺麗ですね。三層になってる」
ガラスの器に入っているそれを持ち上げ、彼女はにっこりとして木崎さんを見上げた。
「そうだね。明智さんのケーキはいつも綺麗だよ。そして美味しい」
そんな風に言ってくれる彼に、にんまりと口元が緩む。この前はザッハトルテを食べてもらい損ねたけど、いちごのムースでも良かっただろうか。
「明智さん?」
「そう、さっきのお兄さん。コレくれた人。うちの店の唯一のパティシエさんだよ」
彼女に色々教えてあげる木崎さんに、俺は作業をしながら彼女に軽く会釈をした。その後は厨房スタッフの紹介コーナーのようになり、一人ずつペコペコと彼女に会釈していく形になった。
「オーダー入りまーす。十二番テーブル、単品でマルゲリータ1、ボロネーゼ1、ダブルシーザーサラダ1です。続いて八番テーブル、グランメニューA二つ入りま~す。ドルチェはベリーのクレープ1です」
「si」
厨房スタッフ全員の返事に、新人の彼女はぴっと姿勢を正したが、オーダーを通しに来たチーフは木崎さん達を見て「あー!」と声を出した。
「食ってんじゃん! うらやま~! 俺にも食わせろって!」
「あはは! まだ余ってますよ」
「なんだよぉ、居ねぇなぁと思ったらこんなところで美味いもん食ってやがったとは~。よこせよこせ、俺にも食わせろ」
賑やかなチーフに厨房スタッフ達も声を出して笑う。
「馬場ちゃん、がめつ~」
「お前なんでも ”美味い” って言うから、舌、信用ならんのだよなぁ」
酷い言われようである。
「うっせぇ! まずいって言わないだけで十分だろうが!」
「あっはっは!」
シェフも笑って、新人の彼女も笑みを零した。
「新人さんでしょ?」
聞くと彼女は「はい!」と緊張した様子で返事した。
「これ、試食していいよ。うちの店の味、覚えておいてもらいたいし」
そう言って、さっき試作していたグランメニューの肉料理を二人の前に差し出した。
「えっ! い、いいんですか!?」
彼女は驚いたが、どうせスタッフの誰かの胃袋に入るのだ。物珍しい料理がメインディッシュになる時はディナー前に試作を作ることがある。大体は厨房スタッフ達で食べてしまうのだが、誰が食べたって誰も文句は言わない。
現に俺がこれをホールスタッフに差し出していても、厨房スタッフもオーナーシェフも何も言わない。完全にスルーだ。
「どうぞ。よかったら木崎さんも食べてください。あ。いちごのムースもどうぞ」
ついでにムースも二つ冷蔵庫から取り出して二人の前に置くと、彼女は嬉しそうに笑った。
「ほんとにいいんですか?」
「ほんとにいいよ。ラッキーだったね~」
「はい!」
素直な子だ。
木崎さんも隣で微笑み、きっと俺と同じことを思ったに違いない。
喜ぶ彼女のために、彼はシルバーと取り皿を準備し、綺麗にサーブしてあげた。
「はい、どうぞ」
「わぁ、美味しそう!」
手を合わせて感激する彼女に俺は一言添えた。
「味を知っておくのも仕事だからね」
「はい!」
本当に素直な子だ。ふふっと俺も木崎さんにも笑顔がこぼれる。
「いただきます!」
「いただきます」
手を合わせる二人を横目に、俺は通っているオーダーの盛り付けに取り掛かった。
美味しいねと言いながら肉料理を食べる二人を、厨房スタッフはきっとみんな盗み見していて、「美味しいなら良かった」と全員がそう思っただろうと思う。
「いちごのムースもすごく綺麗ですね。三層になってる」
ガラスの器に入っているそれを持ち上げ、彼女はにっこりとして木崎さんを見上げた。
「そうだね。明智さんのケーキはいつも綺麗だよ。そして美味しい」
そんな風に言ってくれる彼に、にんまりと口元が緩む。この前はザッハトルテを食べてもらい損ねたけど、いちごのムースでも良かっただろうか。
「明智さん?」
「そう、さっきのお兄さん。コレくれた人。うちの店の唯一のパティシエさんだよ」
彼女に色々教えてあげる木崎さんに、俺は作業をしながら彼女に軽く会釈をした。その後は厨房スタッフの紹介コーナーのようになり、一人ずつペコペコと彼女に会釈していく形になった。
「オーダー入りまーす。十二番テーブル、単品でマルゲリータ1、ボロネーゼ1、ダブルシーザーサラダ1です。続いて八番テーブル、グランメニューA二つ入りま~す。ドルチェはベリーのクレープ1です」
「si」
厨房スタッフ全員の返事に、新人の彼女はぴっと姿勢を正したが、オーダーを通しに来たチーフは木崎さん達を見て「あー!」と声を出した。
「食ってんじゃん! うらやま~! 俺にも食わせろって!」
「あはは! まだ余ってますよ」
「なんだよぉ、居ねぇなぁと思ったらこんなところで美味いもん食ってやがったとは~。よこせよこせ、俺にも食わせろ」
賑やかなチーフに厨房スタッフ達も声を出して笑う。
「馬場ちゃん、がめつ~」
「お前なんでも ”美味い” って言うから、舌、信用ならんのだよなぁ」
酷い言われようである。
「うっせぇ! まずいって言わないだけで十分だろうが!」
「あっはっは!」
シェフも笑って、新人の彼女も笑みを零した。
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