ジェントルマンズショコラ〜大人だって突然恋をする〜

2wei

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なけなしザッハトルテ4

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「じゃあ、奥さんが離婚はしないって言ったら、現状維持、ですかね?」

 キッチンに立つ俺と、ベッドの前に座り込んでいる木崎さんとの、微妙な距離。
 見つめ合う時間が、えらく長く感じた。

 どんな返事が来るのか、ざわざわと胸の中が騒ぐ。「はい」と言うのだろうか。「いいえ」と言うのだろうか。

 沈黙の末の返事は──。

「それを今から、話し合って来ます」

 ずるい返事だった。

 今……、聞きたいのに。木崎さんの気持ちを、今知りたいのに。

「そう……ですよね。お子さんの問題とかもありますしね。まだ高校生と中学生でしたっけ?」

 不安になっている自分の気持ちを隠すようにそう言って、俺は自分の分の味噌汁に湯を注ぎ入れた。けど、この不安な気持ちは勝手に口から漏れ出てしまう。

「でも、弁護士つけてでも離婚だって言ってませんでした?」

 完全に余計な一言。
 それに気付いて、俺はケトルの取っ手をぎゅっと強く握りしめた。
 木崎さんは俺の言葉に、静かに頷き、「そのつもりではいますけど」と、最後、言葉を濁した。

 そりゃ……そうだよな。そのつもりでいても、「帰ってきてくれ」と言われれば、帰りたくもなるよな。「愛してる」と言われれば、情だって捨て切れないよな。十七年という月日はそんな薄情な期間じゃないだろうから。楽しいことも、幸せなことも、そしてきっと苦しい時も辛い時も、一緒に支え合ってきたんだろうからさ。

 俺が……、好きになりそうだから別れて来てくれなんて、そんな適当な事……言えるわけない。

「 “良い” と思う方を選んでください。後悔のない選択を。俺から言えるのは、それだけです。じゃ、いってらっしゃい。有意義な話し合いが出来ることを願ってます」

 木崎さんは柔らかに微笑み、静かに頷くと、この部屋を出ていった。

 見慣れたいつもの自分の部屋。テーブルの上には二つの弁当。湯気を上げるひとつだけの味噌汁。

 なんでか……悔しくて、バカみたいで、そしてやっぱり、虚しかった──。

 笑い飛ばすことも出来なければ、彼の抱く不安や虚無感すら埋めてはあげられない。俺は何の役にも立てない。離婚をしろともするなとも言えないし、別れてくれと我儘を言うことすら出来ない。木崎さんにとってのベストが何なのか、本当にまったく見えていない。

「役立たず……の、ビッチか……俺は」

 味噌汁の入ったお椀を、シンクの中に派手に弾き飛ばし、俺はバレンタインの休日をふて寝で過ごした。

 ザッハトルテ……

 食べて欲しかったな。


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