ジェントルマンズショコラ〜大人だって突然恋をする〜

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なけなしザッハトルテ4

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 朝、十時。
 ぼんやりと窓を見つめた後、俺は隣でくぅくぅと寝息を立てている木崎さんの黒髪に触れた。

「……やば」

 この人、どんな体力の持ち主なんだよ。俺まじ腰壊れそうなんだけど。今までため込んで来た性欲を全部吐き出してる感じだ。こんなに大人っぽく見えるのにな。いや、実際すごく大人だ。俺より五つも年上だし。

 ベッド脇のテーブルに置かれている指輪。

「最中……ちゃんと外してくれてたんだ」

 昨日もそうだった。

 痛む腰を気遣いながら俺はベッドを下り、キッチンに向かう。朝ご飯の準備でも昼ご飯の準備でもない。俺はザッハトルテを作るための材料を確認した。

「全然足りないな。買いに行くか」

 まだぐっすり寝ている木崎さんを起こすかどうか迷って……、だけど俺はそっと一人で家を出た。近所のスーパーで買い物を済ませ、ついでに朝昼兼用の弁当も買った。
 二月の風は冷たくて、手袋をして来たら良かったと思いながら、足早に家路を急ぐ。家に帰って来ると、ふわりと温かい空気が俺を包み、木崎さんが暖房をつけて待ってくれていることに少しだけ笑みが零れた。

「ただいま帰りました」

 1Kの小さな俺の部屋。気恥ずかしく思いながらひょっこり部屋に顔を覗かせると、木崎さんは俺を見るや否やへなへなとその場にしゃがみ込んだ。

「よ、良かった。帰ってきてくれた」
「え?」

 安堵の表情で座り込んだ木崎さんはその手に携帯を握りしめていて、そういえばまだ連絡先を交換していないことを思い出した。

「あ。俺が逃げたと思いました?」
「思った……、昨日意地悪したから」

 意地悪した自覚はあるんだな、ちゃんと。

「でも、探しに出かけようとは思わなかったんだ?」
「だって……、鍵開けたまま家出るわけにはいかないじゃないですか」

 確かに。合鍵の場所なんて教えてないしな。

「けど、暖房は勝手につけたんですね」
「うぅ……寒くて」

 今度は俺が意地悪を言う番だ。
 叱られた犬のようにしゅんとする木崎さんに笑みを零し、買ってきたお弁当をテーブルに置いた。

「お腹空いたでしょう。飯食いましょう。弁当ですけど、いいですよね」

 ザッハトルテの材料は袋に入れたままキッチンに置き、部屋のドアを閉めた。

「お昼を買いに行ってくださってたんですか? すみません! お金払います」
「要らないですよ、これくらい。どっちがいいです? とんかつ弁当か、生姜焼き弁当」

 木崎さんは迷いながら、とんかつ弁当を選んだ。

「味噌汁でも飲みます? 待っててください。すぐ準備するんで」
「ありがとうございます」

 湯を注ぐだけですぐに出来る味噌汁の素をお椀にセットし、ケトルで湯を沸かす。
 久々にこんな時間まで寝たと可笑しそうに話し出す木崎さんに頷きながら、「良く寝てましたね」と言うと、彼は恥ずかしそうにはにかんだ。
 すごく不思議だ。大人なのか、子供なのか……絶妙な位置に居る人だと思う。

「本当は離婚届を取りに行く予定だったんですけどね」
「それもう昨夜の時点で予定崩れてますから」
「あはは。昨日あれは、一体どういう状況だったんです? もしかして修羅場でしたか?」
「まさか!」

 そこまで言って、俺達は同時に思い出す。

「そうだ。連絡先!」

 まったく同じタイミングで同じ言葉を言った俺達は、目を合わせ、また同時に笑い出す。キッチンから木崎さんの元まで歩み寄り、ケトルの湯が沸くまでの間に、俺達はようやく連絡先を交換した。
 木崎さんの連絡先を登録しながら、沸いた湯を注ぎ入れるために再びキッチンに戻ったところで、突然、彼の携帯電話が鳴り響いた。
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