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なけなしザッハトルテ2
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「それはどうかな? 俺に馬鹿にされたいんだったら、次もあるかもしんないけど」
そんなことを言う俺に、木崎さんは面白そうに、だけどどこか嬉しそうに笑った。
「はは。じゃあ、また不幸をため込んでおきます。笑ってやってください。俺の事、馬鹿野郎だって……、笑い飛ばしてください」
決して、恋愛ごっこのような甘い夜ではなかった。かといって、ただ快楽に溺れるだけの夜でもなかった。意外にも、大人の木崎さんと過ごした夜は、子供の自由研究のような無邪気さのある夜だった。
エッチが終わってからも、長らく一緒に喋った。彼の不幸自慢を聞きながら、お構いなしに笑い飛ばす。そんな時間を。
眠りに就いたのは真夜中なのか明け方なのかも分からない四時で、二時間後に木崎さんの目覚ましが鳴ると、二人で、「眠すぎる」って笑い合った。
「明智さんはいつも何時に出勤されてるんですか?」
別居中というだけあって、ホテルの室内は木崎さんの私物だらけだ。
日中、水道業をしている彼は作業着に着替えながら俺に出勤時間を尋ねた。
「ん~、今日は九時です」
「ばらばらなんですか?」
「パティシエ業だけの日は九時で、フードの仕込みを手伝う日は八時半です」
「へぇ。お料理もされるんですね」
「パティスリーじゃないからさ、スイーツだけってわけにはいかないんですよ」
「大変そうですね」
眉を下げて労ってくれるが、自分の方が大変だって言ってるように見える。事実、彼の方が現状大変だろう。可笑しくて鼻で笑ってしまう。
「今夜は店、来るんすか?」
「えぇ。三連勤最終日ですね。今日出勤したら、明日は休みです」
「あ、俺も」
ぱっとついて出た言葉に木崎さんが俺を振り返る。
「明日お休みなんですか?」
なんだよ、その期待しか宿してない目は。
「そう……ですけど」
頷く俺に、木崎さんは目をきらめかせながらベッドに飛びのってきた。そして──。
「私を、クラブというところに連れて行ってはもらえませんか!?」
予想外すぎるだろ、おい。何から何まで、俺の想像の斜め上を行き過ぎだっつうの。
「貴方ね……、そういうのは、離婚が成立してからにした方がいいですよ。現場押さえられて、裁判でも起こされてもみなよ。面倒ですよぉ? 世間にも貴方がゲイだってバレるかもしれない。もっとうまくやらないとダメですって、まじで。いい大人なんだから」
しっしっと追い払うように木崎さんをあしらい、俺はベッドを下りた。
「……そうか。じゃあ、明日は離婚届を取りに行きます」
「ぶはっ!」
可笑しすぎて、その場で吹き出したけど、木崎さんは至極真面目に一人頷いてベッドを下り、テーブルの上に置かれている結婚指輪を握りしめた。
「素直に離婚できるでしょうか……?」
離婚なんて、そもそもすんなり出来るもんじゃないだろ。子供も財産も、色々あるんだから。
「さぁ、どうでしょうね」
肩をすくめる俺に木崎さんは不安そうに眉を下げた。
無責任なこと、さすがに言えない。笑い飛ばしてあげることは出来ても、木崎さんの現実を俺がどうにか出来るわけじゃないから。
木崎さんと一緒にホテルを出て、「またお店で」と手を振った。彼の指には結婚指輪。まだ、外すわけにはいかないのだろう。どこにでも目ざとくて人間ってのはいるもんだ。きっとそういう奴から色々言われるのを避けるためだろうと思った。
そんなことを言う俺に、木崎さんは面白そうに、だけどどこか嬉しそうに笑った。
「はは。じゃあ、また不幸をため込んでおきます。笑ってやってください。俺の事、馬鹿野郎だって……、笑い飛ばしてください」
決して、恋愛ごっこのような甘い夜ではなかった。かといって、ただ快楽に溺れるだけの夜でもなかった。意外にも、大人の木崎さんと過ごした夜は、子供の自由研究のような無邪気さのある夜だった。
エッチが終わってからも、長らく一緒に喋った。彼の不幸自慢を聞きながら、お構いなしに笑い飛ばす。そんな時間を。
眠りに就いたのは真夜中なのか明け方なのかも分からない四時で、二時間後に木崎さんの目覚ましが鳴ると、二人で、「眠すぎる」って笑い合った。
「明智さんはいつも何時に出勤されてるんですか?」
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日中、水道業をしている彼は作業着に着替えながら俺に出勤時間を尋ねた。
「ん~、今日は九時です」
「ばらばらなんですか?」
「パティシエ業だけの日は九時で、フードの仕込みを手伝う日は八時半です」
「へぇ。お料理もされるんですね」
「パティスリーじゃないからさ、スイーツだけってわけにはいかないんですよ」
「大変そうですね」
眉を下げて労ってくれるが、自分の方が大変だって言ってるように見える。事実、彼の方が現状大変だろう。可笑しくて鼻で笑ってしまう。
「今夜は店、来るんすか?」
「えぇ。三連勤最終日ですね。今日出勤したら、明日は休みです」
「あ、俺も」
ぱっとついて出た言葉に木崎さんが俺を振り返る。
「明日お休みなんですか?」
なんだよ、その期待しか宿してない目は。
「そう……ですけど」
頷く俺に、木崎さんは目をきらめかせながらベッドに飛びのってきた。そして──。
「私を、クラブというところに連れて行ってはもらえませんか!?」
予想外すぎるだろ、おい。何から何まで、俺の想像の斜め上を行き過ぎだっつうの。
「貴方ね……、そういうのは、離婚が成立してからにした方がいいですよ。現場押さえられて、裁判でも起こされてもみなよ。面倒ですよぉ? 世間にも貴方がゲイだってバレるかもしれない。もっとうまくやらないとダメですって、まじで。いい大人なんだから」
しっしっと追い払うように木崎さんをあしらい、俺はベッドを下りた。
「……そうか。じゃあ、明日は離婚届を取りに行きます」
「ぶはっ!」
可笑しすぎて、その場で吹き出したけど、木崎さんは至極真面目に一人頷いてベッドを下り、テーブルの上に置かれている結婚指輪を握りしめた。
「素直に離婚できるでしょうか……?」
離婚なんて、そもそもすんなり出来るもんじゃないだろ。子供も財産も、色々あるんだから。
「さぁ、どうでしょうね」
肩をすくめる俺に木崎さんは不安そうに眉を下げた。
無責任なこと、さすがに言えない。笑い飛ばしてあげることは出来ても、木崎さんの現実を俺がどうにか出来るわけじゃないから。
木崎さんと一緒にホテルを出て、「またお店で」と手を振った。彼の指には結婚指輪。まだ、外すわけにはいかないのだろう。どこにでも目ざとくて人間ってのはいるもんだ。きっとそういう奴から色々言われるのを避けるためだろうと思った。
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