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第四章:愛

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「こんにちは」

 そう言った自分の声が震えていないか気になった。でも、それ以上に動揺している華頂さんは「ちょっと待って」とさっきの俺みたいな事を言いながら、「し、仕事は!?」と声をひっくり返しながら聞いてきた。
 面白い人だ。

「休みですよ。仕事なんて嘘です。まさか本当に信じてたんですか? や~い、騙されてやんの」

 そう言って揶揄うように指を指し、自分の緊張を解こうとしたけど、階段の前に立ち尽くす華頂さんの目に涙が溜まっていくのを見て、「あぁ、これはダメだ」と思った。

「泣かないでください。笑って欲しくて来たんですから」

 華頂さんは俺の言葉に慌てて涙を拭うと、半べそ声を震わせながら言った。

「ごめんなさ……っ、だって、まさか」

 まぁ、そのまさかのために昨日電話したんだけどさ。

「あなたはよく泣く人ですね」

 眉を下げ、苦笑を零しながら華頂さんの元へと歩み出す。

「ごめ……なさ……、俺昔から、男のくせに泣き虫で……従業員にもよく笑われるんです」

 そうなんだ。なんか意外だな。

「ずっと笑っている人だと思っていました」

 階段の前から動かない彼の前に立ち、そっと泣き顔を覗きこむ。
 でも、ごめん。涙を拭いてあげられるハンカチひとつ、持っていないんだ。

「よく喋って、よく笑って、よく動く。俺の知ってる華頂さんは、そういう人なんですけどね」

 彼はポロポロと出てくる涙を拭いて、拭いて、けど結局首を振った。

「そんなことないです……。よく泣いて、よく怒って、よくぼーっとしています」
「それは困りますねぇ」

 腕を組み、冗談のつもりでそう言った。
 けど華頂さんは眉を下げ、しょんぼりと俯いてしまうから、思わず笑ってしまった。

 仕方のない人だ。
 こういう手間のかかるキミを、俺はきっと嫌いじゃなかった。そんなキミのことも可愛いと思っていた。心の底から愛していたと思うよ。

「笑ってる方が可愛いですよ」

 きっと、腐るほど言っていたのだろうその言葉は、今の俺には少し照れ臭かったけど、それでも自然と口から出て来た。

 弾かれたように俺を見た華頂さんだけど、俺はふいっと顔を背けて中央のテーブルに荷物を置いた。

「さ、教えてもらおうっかなぁ! リースか花かご! どっちの方が面白いですか?」

 恥ずかしさと緊張を弾き飛ばすつもりで、無理にテンションを上げてみる。
 華頂さんは顔を真っ赤にしながら、引っ込んだのだろう最後の涙を拭うと、小さな声で返事をくれた。

「リースの方が……時間がかかります」

 それはつまり……長く一緒に居たい、という意味に捉えていいんだろうか?

「華頂さんは今、俺がリースを選んでも大丈夫なんですか?」
「え?」
「時間かかっちゃうんでしょ? 仕事、大丈夫なんですか?」

 そもそも時間外なんだ。普段からこういう飛び込みを受け入れているのかどうかは知らないけど、普通ならありえないだろ?

「……じゃあ、教えながら、俺もここで作業していいですか?」

 そう来たか。

「もちろんです。突然押しかけて我儘をお願いしているのは俺の方なんですから」
「我儘なんてそんな……。でも、じゃあ、ちょっと色々準備するんで待っててもらっていいですか?」
「えぇ」

 華頂さんは階段を駆け下りた。そして二階にも聞こえるくらいの大声で叫んだ。

「千佳ちゃん! 土田さんが遊びに来てくれたんだ!」

 その声は吹き出してしまうほど嬉しそうに聞こえた。

「え~! 土田さんが!? わざわざ来てくださったんですか!? 挨拶しに行かなきゃ~! コーヒーで良いかなぁ?」
「あとで聞いておくよ!」

 すごく元気な声。さっきまで半べそだった男はどこに行ったんだ?
 笑ってしまう。従業員の前では、それなりに虚勢を張ろうとするんだな。

「飛び込みって土田さんだったんですか? これ、準備しておきましたよ」
「ありがとう、彬くん! あ、リースにされるみたいだからこれはいいや。でね、いいって言って貰ったから、俺も上で作業しようかなと思ってさ。ちょっと纏めといてもらえる?」
「わかりました。また持って上がりますね」
「ありがとう!」
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