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第三章:目印
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夜。
「そういえばこれ、華頂さんから渡されてたの」と言って赤穂先輩から渡されたのは、チャペルで使用した百合の壁かけブーケだった。
「……綺麗だ」
俺はそれをリビングのドアへと引っ掛ける。
急に見慣れた部屋が華やいだ気がして、思わず笑顔が零れた。
弟は今日、バイトで遅くなると言っていた。言わずもがな夕ご飯はない。かと言って作る体力も残っていない。帰りに買ってきたコンビニ弁当を温め、寝てしまいそうなのを堪えて風呂に入った。明日も朝が早い。
弟の帰りを待たず、俺は猫田さんと一緒に布団に入った。
華頂さんに電話をしなきゃと思いながらも、ベッドの中に居ては名刺入れを取りに行く気力など湧くはずもない。猫田さんだって、取ってきてはくれないのだ。また明日以降だと思いながら、うとうとする意識の中、もう一度、勿忘草の花言葉を調べた。
検索結果を見たのか見てないのか……、俺はすとんと夢に落ち、懐かしい風景の中に立っていた。
「見たことある気がするな」
温かい風が吹いている、草原。
少し離れた所には、可愛らしい家が建ち並び、ここが日本ではないことにすぐに気付いた。
「どこだろう、ここは。とてものどかだ」
俺は民家に背を向け、風の吹く方向へと歩き出す。そして、土手の向こうに川が流れているのを見つけた。
澄んだ川の水。浅瀬には魚が泳いているのが見てとれる。すごい透明度だ。
「綺麗だ……。バーベキューとかしたくなるな」
そんな風に思いながら俺は土手を下りて、どうしてこんなに懐かしい気分になるのだろうと思った。
パノラマの風景を見渡し、目の前をモンキチョウが通り過ぎると、俺はそれを目で追った。そして気付いた。少し離れたところに、少年と少女がお喋りしていることに。
隣には誰も座っていない車椅子があり、どちらかが足を悪くしているのが伺えた。
男の子は分厚い本を開いていて、女の子はその手に青い花を持っていた。
「ねぇ、早く見つけて! このお花の名前を知りたいの!」
「待ってよ。調べてるから。見つけるまでリリーは魚でも捕まえていて」
「いやよ! お魚はエドが手伝ってくれないと捕まえられないってずっと言ってるでしょ?」
「無茶苦茶言わないでよ。僕、捕まえたことないのに」
「そんなことないわ! いつもたくさん捕まえさせてくれるじゃない!」
男の子は、彼女の言葉に肩を竦め、本をパラリと捲った。そして。
「あ! これじゃないか!? 見て、リリー!」
二人は本を覗きこみ、彼女の持っている花と写真を見比べ、楽しそうにわっと声を上げた。
「勿忘草!」
「これ、勿忘草っていうのか!」
そう言ってはしゃぎ、「こんなに可愛いなら、忘れることはないわ!」と女の子は立ち上がってくるくると舞うように回った。
「本当だね! 絶対に忘れたりはしないね!」
「この青は、今エドが着ているベストの色にそっくりね! エドは青がよく似合うから、私、この花を家に飾るわ! おばあちゃまもきっと喜ぶはず! エドもおばさまに摘んで帰るでしょう? 待っていて! たくさん摘んでくるわ!」
「ははっ! はしゃぎすぎて川にはまっちゃいけないよ、リリー」
「大丈夫よ! 待っていて! すぐに戻るから!」
楽しそうに笑う二人を見つめ、俺はそっと足の悪い男の子の後ろへと歩み寄る。
どうやら、俺の姿は彼らには見えていないらしい。
本には、開花時期や育て方などが載っており、花言葉もちゃんと載せられていた。
「青の勿忘草は…… “真実の愛”」
俺が見ていた部分とまったく同じところを読み上げた少年は、群生している勿忘草の元へ走ってゆく女の子を見つめ、恥ずかしそうに笑った。
「うん……。そうかも、しれない。僕はリリーを愛してる……。いつか……、いつか」
そう言って彼は照れを隠すように本を閉じて、天を仰いだ。
「いつかあの花で、プロポーズを」
彼の代わりに、俺が続きの言葉を口にした。
その瞬間、天を仰いだ少年と目が合った気がして俺は夢から目が覚めた。
「そういえばこれ、華頂さんから渡されてたの」と言って赤穂先輩から渡されたのは、チャペルで使用した百合の壁かけブーケだった。
「……綺麗だ」
俺はそれをリビングのドアへと引っ掛ける。
急に見慣れた部屋が華やいだ気がして、思わず笑顔が零れた。
弟は今日、バイトで遅くなると言っていた。言わずもがな夕ご飯はない。かと言って作る体力も残っていない。帰りに買ってきたコンビニ弁当を温め、寝てしまいそうなのを堪えて風呂に入った。明日も朝が早い。
弟の帰りを待たず、俺は猫田さんと一緒に布団に入った。
華頂さんに電話をしなきゃと思いながらも、ベッドの中に居ては名刺入れを取りに行く気力など湧くはずもない。猫田さんだって、取ってきてはくれないのだ。また明日以降だと思いながら、うとうとする意識の中、もう一度、勿忘草の花言葉を調べた。
検索結果を見たのか見てないのか……、俺はすとんと夢に落ち、懐かしい風景の中に立っていた。
「見たことある気がするな」
温かい風が吹いている、草原。
少し離れた所には、可愛らしい家が建ち並び、ここが日本ではないことにすぐに気付いた。
「どこだろう、ここは。とてものどかだ」
俺は民家に背を向け、風の吹く方向へと歩き出す。そして、土手の向こうに川が流れているのを見つけた。
澄んだ川の水。浅瀬には魚が泳いているのが見てとれる。すごい透明度だ。
「綺麗だ……。バーベキューとかしたくなるな」
そんな風に思いながら俺は土手を下りて、どうしてこんなに懐かしい気分になるのだろうと思った。
パノラマの風景を見渡し、目の前をモンキチョウが通り過ぎると、俺はそれを目で追った。そして気付いた。少し離れたところに、少年と少女がお喋りしていることに。
隣には誰も座っていない車椅子があり、どちらかが足を悪くしているのが伺えた。
男の子は分厚い本を開いていて、女の子はその手に青い花を持っていた。
「ねぇ、早く見つけて! このお花の名前を知りたいの!」
「待ってよ。調べてるから。見つけるまでリリーは魚でも捕まえていて」
「いやよ! お魚はエドが手伝ってくれないと捕まえられないってずっと言ってるでしょ?」
「無茶苦茶言わないでよ。僕、捕まえたことないのに」
「そんなことないわ! いつもたくさん捕まえさせてくれるじゃない!」
男の子は、彼女の言葉に肩を竦め、本をパラリと捲った。そして。
「あ! これじゃないか!? 見て、リリー!」
二人は本を覗きこみ、彼女の持っている花と写真を見比べ、楽しそうにわっと声を上げた。
「勿忘草!」
「これ、勿忘草っていうのか!」
そう言ってはしゃぎ、「こんなに可愛いなら、忘れることはないわ!」と女の子は立ち上がってくるくると舞うように回った。
「本当だね! 絶対に忘れたりはしないね!」
「この青は、今エドが着ているベストの色にそっくりね! エドは青がよく似合うから、私、この花を家に飾るわ! おばあちゃまもきっと喜ぶはず! エドもおばさまに摘んで帰るでしょう? 待っていて! たくさん摘んでくるわ!」
「ははっ! はしゃぎすぎて川にはまっちゃいけないよ、リリー」
「大丈夫よ! 待っていて! すぐに戻るから!」
楽しそうに笑う二人を見つめ、俺はそっと足の悪い男の子の後ろへと歩み寄る。
どうやら、俺の姿は彼らには見えていないらしい。
本には、開花時期や育て方などが載っており、花言葉もちゃんと載せられていた。
「青の勿忘草は…… “真実の愛”」
俺が見ていた部分とまったく同じところを読み上げた少年は、群生している勿忘草の元へ走ってゆく女の子を見つめ、恥ずかしそうに笑った。
「うん……。そうかも、しれない。僕はリリーを愛してる……。いつか……、いつか」
そう言って彼は照れを隠すように本を閉じて、天を仰いだ。
「いつかあの花で、プロポーズを」
彼の代わりに、俺が続きの言葉を口にした。
その瞬間、天を仰いだ少年と目が合った気がして俺は夢から目が覚めた。
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