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第二章:約束
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「どこです!? 何もありませんよ? 虫? 虫でしたか!?」
俺の座っていた転げた椅子を退け、隣の椅子も移動させて華頂さんは机の下を探してくれるけど、そこには確かに何もなかった。
「お客様っ! 如何なさいましたか!?」
エプロンを付けた可愛らしい従業員が俺たちの所に慌てて駆け寄ってくる。
「いや、彼が何かを見たみたいなんですけど」
「やだっ、虫ですか? ちょっと待ってくださいね! すぐに殺虫剤をっ」
従業員の女の子が裏へ駆け出そうとするから、慌ててそのエプロンを掴んだ。
「だっ、大丈夫です! 俺の見間違いですっ!」
見間違いなんかじゃない。俺は確かに「何か」を見た。頭から何かが落ちて来た。でもそれがもう何か思い出せない。ついさっきのことなのに……!
忘れっぽいのはどっちだ!と思い、少しの不安を覚えた。そういう病気なんじゃないか、と。
「華頂さん。すみません。大袈裟に転んでしまって。大丈夫です。きっと俺の見間違いです」
「いや、でも……」
「大丈夫です! 本当に。すみません」
何を見たのかすら、もう覚えてないのだ。探しようもないだろう。
俺は大きくため息をついて、困ったように立ち往生している従業員の女性を見上げた。
「すみません。大丈夫です。騒がしくしてすみませんでした」
彼女は「また何かありましたらすぐにお知らせください」とだけ頭を下げて厨房へ引っ込んでゆく。
大きなため息をもう一度吐くと、机の下から出て来た華頂さんが先に立ち上がり、俺へ手を差し出してくれた。
「立てますか?」
「……もちろんです」
彼は俺の手を取りぐっと引っ張り上げると、ついでに転がった椅子も立て直してくれた。
「良かった、腰まで抜けてなくて」
そう言って可笑しそうに、だけど少し困ったように笑う華頂さんに、俺も苦笑を返す。
「お恥ずかしい。大変失礼しました」
「ちゃんと立てるじゃないですか」
言われ、はは、と笑って返したけど、この言葉の意味に一瞬首を傾げる。立てないなんて一言も言っていないぞ。
けど、彼もその言葉の意味をあまり考えずに言ったのだろう。自分の席に戻ると「で、一体、何を見たんですか?」と改めて聞いてきた。
「なんだった……かな。まぁ、大したものではないですよ」
そう口にして、嘘だ、と思った。
椅子から転倒するほど大層なものだった。でもそれが何か分からないから説明のしようもない。忘れたとも……言えないだろ。そもそも何故、下を向いたのかすら覚えていない。何かに驚いて下を見たんだ。そしたらその勢いで何かが頭から落ちて来た。
けど……、何一つ思い出せない。数秒前のことなのに。
「ごめんなさい、本当に。注文しましょう。もう決められましたか?」
俺も椅子に座り直して尋ねると、彼は静かに頷いた。近くのスタッフを呼び、オーダーを通す。俺はエビドリアを、彼はナポリタンを注文した。
少し可笑しな空気が俺たちの間に漂う。ちょっとばかし、居心地が悪いと思った。
俺の座っていた転げた椅子を退け、隣の椅子も移動させて華頂さんは机の下を探してくれるけど、そこには確かに何もなかった。
「お客様っ! 如何なさいましたか!?」
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「やだっ、虫ですか? ちょっと待ってくださいね! すぐに殺虫剤をっ」
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「だっ、大丈夫です! 俺の見間違いですっ!」
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忘れっぽいのはどっちだ!と思い、少しの不安を覚えた。そういう病気なんじゃないか、と。
「華頂さん。すみません。大袈裟に転んでしまって。大丈夫です。きっと俺の見間違いです」
「いや、でも……」
「大丈夫です! 本当に。すみません」
何を見たのかすら、もう覚えてないのだ。探しようもないだろう。
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「すみません。大丈夫です。騒がしくしてすみませんでした」
彼女は「また何かありましたらすぐにお知らせください」とだけ頭を下げて厨房へ引っ込んでゆく。
大きなため息をもう一度吐くと、机の下から出て来た華頂さんが先に立ち上がり、俺へ手を差し出してくれた。
「立てますか?」
「……もちろんです」
彼は俺の手を取りぐっと引っ張り上げると、ついでに転がった椅子も立て直してくれた。
「良かった、腰まで抜けてなくて」
そう言って可笑しそうに、だけど少し困ったように笑う華頂さんに、俺も苦笑を返す。
「お恥ずかしい。大変失礼しました」
「ちゃんと立てるじゃないですか」
言われ、はは、と笑って返したけど、この言葉の意味に一瞬首を傾げる。立てないなんて一言も言っていないぞ。
けど、彼もその言葉の意味をあまり考えずに言ったのだろう。自分の席に戻ると「で、一体、何を見たんですか?」と改めて聞いてきた。
「なんだった……かな。まぁ、大したものではないですよ」
そう口にして、嘘だ、と思った。
椅子から転倒するほど大層なものだった。でもそれが何か分からないから説明のしようもない。忘れたとも……言えないだろ。そもそも何故、下を向いたのかすら覚えていない。何かに驚いて下を見たんだ。そしたらその勢いで何かが頭から落ちて来た。
けど……、何一つ思い出せない。数秒前のことなのに。
「ごめんなさい、本当に。注文しましょう。もう決められましたか?」
俺も椅子に座り直して尋ねると、彼は静かに頷いた。近くのスタッフを呼び、オーダーを通す。俺はエビドリアを、彼はナポリタンを注文した。
少し可笑しな空気が俺たちの間に漂う。ちょっとばかし、居心地が悪いと思った。
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