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第一章:記憶
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その日のうちに小野崎さんより俺宛てにお礼と謝罪のメールが届いた。気付くのが遅くなり申し訳なかったと俺も返事を返し、翌日。華頂さん本人から電話が入った。
『昨日はすみませんでした。ご心配とご迷惑をおかけしてしまって。もう今は大丈夫です』
「そうですか、安心しました。隣に立っていながら異変に気付くことも出来ずに、……情けない。本当にすみませんでした」
『いやいや! 土田さんは何も悪くないですよ。むしろご介助いただきありがとうございました』
華頂さんはそう言った後、情けないようなため息を吐いた。
『サイレンの音は……、特に消防車の音を聞くといつもあんな状態で。本当に情けない限りです』
「いや、お気になさらないでください。サイレン音など日常的に耳にするものですので、今までもご苦労が多かったかと思います。早く症状が改善されるといいのですが」
それが無理だからあの状態なのだ。分かってはいるが、そう言うしかない。
『お気遣い、本当に有り難うございます。土田さんが慌てずホールに連れて行って下さったので助かりました。最悪、気を失う時もあるので、迅速な対応に感謝いたします』
その言葉に仰天を隠せない。
そうか……、トラウマというのは、そこまでのものなのか。周りにそんな強いトラウマを持っている人が居なかったから、本当に驚く。
「そう……なんですね。良かったです。僕なんかでも役に立てたようで」
『有り難うございました、本当に』
そう言って礼を言った後、彼は細い声で、まるでひとり言を呟くようにこう言った。
『これはきっと……俺の記憶なんですよ』
とても寂しそうな声。でも、諦めたような口調でもあった。
記憶。
でも、子供の頃に火事の経験はないと聞いている。一体それは、いつの記憶だというのだろうか。
大きくため息をつく彼に、「どういうことか」と聞き返えそうとした。だけど、まるでそれを言わせまいとするように彼は突然話題を変えた。
「土田さんっていい声ですよね」
おっと、なんだ突然。
いい声、など、人生で初めて言われた。はっきり言わせてもらうが、俺なんかよりよほど華頂さんの方が男らしい声をしていると思う。
『何故でしょうか、土田さんの声は、どこかで聞いたことがあるような気がするんですよね。昨日もそんな風に思って、思わず手を取ってしまったのですが、確認する前に静電気に阻まれました』
そう言って可笑しそうにクスクスと笑う。
なるほど、あの時勢いよく振り返ったのも、俺の手を取ったのも、そういうことか。
どこかで会ったことがあるかと、聞きたかったのだろう。でもそれはありえないな。だって俺達には十二歳の年の差があり、俺の出身地だってこの土地ではないのだから。
「気のせいですよ、きっと。僕と似た声の人も思っていることでしょう。 “もう少しいい声が良かった” 、と」
そう言って笑って見せると、華頂さんも笑った。
『十分素敵な声ですよ。でも、絶対に聞いたことがあるから、今度会う時までに思い出しておきますね』
「ははっ! 僕の声なんか忘れちゃってください」
二人で笑い合い、最後にもう一度挨拶をして、電話を切った。
『昨日はすみませんでした。ご心配とご迷惑をおかけしてしまって。もう今は大丈夫です』
「そうですか、安心しました。隣に立っていながら異変に気付くことも出来ずに、……情けない。本当にすみませんでした」
『いやいや! 土田さんは何も悪くないですよ。むしろご介助いただきありがとうございました』
華頂さんはそう言った後、情けないようなため息を吐いた。
『サイレンの音は……、特に消防車の音を聞くといつもあんな状態で。本当に情けない限りです』
「いや、お気になさらないでください。サイレン音など日常的に耳にするものですので、今までもご苦労が多かったかと思います。早く症状が改善されるといいのですが」
それが無理だからあの状態なのだ。分かってはいるが、そう言うしかない。
『お気遣い、本当に有り難うございます。土田さんが慌てずホールに連れて行って下さったので助かりました。最悪、気を失う時もあるので、迅速な対応に感謝いたします』
その言葉に仰天を隠せない。
そうか……、トラウマというのは、そこまでのものなのか。周りにそんな強いトラウマを持っている人が居なかったから、本当に驚く。
「そう……なんですね。良かったです。僕なんかでも役に立てたようで」
『有り難うございました、本当に』
そう言って礼を言った後、彼は細い声で、まるでひとり言を呟くようにこう言った。
『これはきっと……俺の記憶なんですよ』
とても寂しそうな声。でも、諦めたような口調でもあった。
記憶。
でも、子供の頃に火事の経験はないと聞いている。一体それは、いつの記憶だというのだろうか。
大きくため息をつく彼に、「どういうことか」と聞き返えそうとした。だけど、まるでそれを言わせまいとするように彼は突然話題を変えた。
「土田さんっていい声ですよね」
おっと、なんだ突然。
いい声、など、人生で初めて言われた。はっきり言わせてもらうが、俺なんかよりよほど華頂さんの方が男らしい声をしていると思う。
『何故でしょうか、土田さんの声は、どこかで聞いたことがあるような気がするんですよね。昨日もそんな風に思って、思わず手を取ってしまったのですが、確認する前に静電気に阻まれました』
そう言って可笑しそうにクスクスと笑う。
なるほど、あの時勢いよく振り返ったのも、俺の手を取ったのも、そういうことか。
どこかで会ったことがあるかと、聞きたかったのだろう。でもそれはありえないな。だって俺達には十二歳の年の差があり、俺の出身地だってこの土地ではないのだから。
「気のせいですよ、きっと。僕と似た声の人も思っていることでしょう。 “もう少しいい声が良かった” 、と」
そう言って笑って見せると、華頂さんも笑った。
『十分素敵な声ですよ。でも、絶対に聞いたことがあるから、今度会う時までに思い出しておきますね』
「ははっ! 僕の声なんか忘れちゃってください」
二人で笑い合い、最後にもう一度挨拶をして、電話を切った。
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