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第一章:記憶

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 原因が分からないまま、俺は彼らを披露宴会場へと案内する。ゲストの入場口と、おおよその受付位置を教え、親族控えの部屋や、新郎新婦の各控室、当日のテーブルクロスの色や、着用するドレスやタキシードの写真も渡し、必要な情報を一応すべて案内し終えた。

「恐れ入りますが、少し仕事がございますので、一旦離れさせていただきます。御用の際は事務所まで気兼ねなくお声かけ下さい」
「すみません、お忙しいのに。また終わりましたら声掛けますね。先生! 土田さん、お仕事に戻られます!」

 真田さんが少し遠くにいる華頂さんに声を張り上げると、彼はこちらを向き直り、「ありがとうございました!」とその場で俺に一礼した。

 俺も皆さんに頭を下げ、小走りで事務所へ向かう。
 急げ急げ。慌ててデスクに戻る俺に、先輩達が「あら、土田焦り顔~」と体をつついてくるから、それに身を捩りながらパソコンを起動する。

「邪魔しないでください、赤穗あこうさん。ホントに急いでるんです」
「え~ん。土田が怒った~」
「わぁ、土田がみっちょん泣かせたぁ」
「人聞き悪い事言わないでください。暇なら華頂さんの相手してあげてくださいよ。イケメンですから」
「嘘!」

 俺にちょっかいを出していた先輩二人は急に色めき立つと、「ちょっと覗きに行こう!」とそそくさと事務所を出ていった。きっと「休憩してください」とかていのいい理由を付けて、コーヒー片手に近付くのだろう。

 華頂さんがイケメンかどうかは彼女たちの判断に任せるとするが、天然のモテ男であることは間違いないだろう。見た目は、なんだけどな。
 それにしてもさっきの熱の感じ方は異様だった。きっと華頂さんが言う通り、静電気なのだろうとは思うけど。

 俺は必要な資料をプリントアウトして束にし、招待状をまだ出していないと言っていた別のご夫妻に確認の電話を一本入れた。そうこうしているうちに契約者さんとの打ち合わせ時間が十五分前に迫ってきた時、俺の携帯電話が震えた。
 着信を見ると、これから予定しているご夫婦の番号だ。もしかしてもう到着したか?

「もしもし、土田です」

 出ると、新郎の男性だった。

『すみません、急患が出来たようで、この後予定していた打ち合わせに出られそうにないんです。すぐそこまで来ていたのですが、申し訳ない。キャンセルさせて貰うことはできますか?』

 今回打ち合わせをする予定だったご夫婦は医療関係の方たちだ。なるほど……、こういうこともあるのか。

「そう……ですか。分かりました。ではまた日を改めましょう」
『ごめんなさい、ご迷惑おかけします。近々連絡させていただきます』
「とんでもないです。人命優先ですから。オペ頑張ってください」
『ありがとうございます。失礼します』

 電話は切れ、俺は準備していた資料を手にため息を一つ吐き出した。
 また今度だ。付箋にご夫婦の名前を書き込み資料に貼り付けると、それをファイルに仕舞ってデスクの本立てに立てかける。急にやることがなくなった。

 部長が「ヒマかい?」という目で俺を見るから、ぽん、と手を叩き、仕事を振られる前に事務所を出た。そして華頂さん達がまだ披露宴会場にいるか確認に走る。

 先輩達は確かにコーヒーを出したようだったけど、もうこの場には居ないようだった。どこに行ったんだろうとキョロキョロしていると、わっと背後から驚かされて飛び上がった。

「土田、打ち合わせは?」
「驚かさないでください! 急患が入ってキャンセルになりました。部長に仕事振られそうだから、逃げて来たんですよ」
「あら、じゃあまだ戻らない方が良さそうね」
「さっさと戻ってください! 華頂さん達の相手は俺がします。俺のお客さんなんで!」

 悪戯好きの先輩二人の背中を押して事務所の方へ向かわせていると、コーヒーを片手に持った真田さんが俺の背後に立っていることに気付いて、慌てて姿勢を正した。
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