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第一章:記憶
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今日は契約中の新郎新婦さんとの打ち合わせ。今回で三回目の打ち合わせになるお客さんなんだけど、相談したいことがあると事前に言われている。厄介な相談事じゃないことを祈るばかりだが、結婚式って案外順調にいかないことばかりだから、トラブルや問題にも若干慣れつつある。
それでも「変な相談じゃないだろうな」と警戒しつつ、にっこりとお客様をお出迎えした。
「お待ちしておりました。どうぞ」
新婦の火口さんだけでのご来店だ。
「本日はお一人ですか?」
「はい」
彼女の表情はにこやかだ。婚約破棄、契約解除の一番厄介な話ではなさそうである。
「恐れ入りますが、現在個室が埋まっておりますので、こちらの席しかご用意出来なかったのですが……、よろしいでしょうか?」
「あ、大丈夫です」
彼女をラウンジのソファにご案内し、テーブルの上のドリンクメニューを差し出す。
彼女も慣れた様子でドリンクを注文し、俺は一旦コーヒーを入れに給湯室へ向かった。
「ちょっと、今日は火口さん一人なの? 大丈夫? 新郎と喧嘩したとかそんな雰囲気ではなさそう?」
先輩プランナーが二名ほど俺を囲い、同じ心配をしていることに思わず苦笑が漏れる。
「にこやかだったので大丈夫だとは思うのですが、じっくり話聞いてきますね」
「ファイトよ、土田!」
拳を出されたので、俺も拳を作って、ちょこんと控えめに当てた。
「はい、いってきます」
背後で「土田にグータッチされた」と笑い合う先輩達の声を聞きながら、俺は火口さんへとコーヒーをお出しして、彼女の前の席へと腰を下ろした。
資料を揃え、ボールペンとメモを準備する。彼女がコーヒーを一口飲み、ふぅっと一息つくのを待って、早々に切り出した。
「では、早速ではあるのですが、本日のご相談内容をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
尋ねると、彼女は待ってましたと言わんばかりに、鞄の中からクリアファイルを取り出し、中から数枚の資料を俺へと渡した。
「当日のお花を、すべて、この御方にお任せしたいと思っているんです」
渡された資料の一枚目には、フラワーアーティストの簡単な略歴と、綺麗なブーケの写真がプリントされていた。
「華頂 茜、さんですか」
「ご存じですか!?」
「あ、いや失礼。初見です。綺麗なお名前だなと思いまして」
まるで芸名みたいだ。
「どうやら本名らしいですよ。その方のフラワーアート展に二年ほど前に行ったことがありまして。この前写真を整理していたらその時のものが出て来たので、ぜひ華頂さんにお願いしたい!と思って」
なるほど、そういうことか。
俺は渡された資料へ簡単に目を通し、火口さんへニコリと微笑んだ。
「うちにも専属のフラワーアーティストはおりますが、もちろんお客様のご希望とあれば持ち込みは可能です」
「本当ですか!」
「はい、もちろんです。悔いのない式に致しましょう」
「はい!」
「ただ」
俺の言葉に、彼女は瞬間的に身を引き、続きの言葉を待つ。
「その場合はこちらの、華頂さん? ……と、プランの打ち合わせをしていただくのは、新郎新婦様のみとなりますので、こちらからは一切関与できなくなります。お花の料金も、もちろんうちの式場からは取りませんが、持ち込みとなると割高になることが多いですね。ですので、式場の飾り付けはうちが担当し、ブーケや花結い……頭の飾り等ですね、そちらを持ち込みでされる方が今までは結構多いのですが、式場の花すべて……、持ち込み、ということでよろしいですか?」
彼女は間髪入れずに頷いた。
「そのために、貯金、死ぬほどありますから」
伊達に三十五年生きていない、という顔をしている。
なるほど。じゃあ贅沢な式といこうじゃないか。料理も最高級、演出も最上級、ケーキだって流行らないくらいデカイものを準備しよう。腕が鳴るねぇ。
ドレスプランナーにも少し話を通しておこう。良いドレスを準備してやってくれ、と。
とはいえ、火口さんはまだ華頂さんにオファーをしていない状態だという。最悪予定が合わなければ式場の方でお願いしたいということで話はまとまった。
「また連絡させていただきます」
「分かりました、お待ちしております。無事にオファーが通るように祈って居ります」
「ありがとうございます」
火口さんはスキップでも始めそうなほど軽やかな足取りで式場を去り、先輩達が俺の隣にそっと並んだ。
「金持ちね?」
「金持ちっぽいです」
「ゴージャスに行きなさい」
「Yes, sir」
秋の綺麗な水色の空。先輩達と笑いながら式場に戻り、その日一日の仕事を無事に終えた。
それでも「変な相談じゃないだろうな」と警戒しつつ、にっこりとお客様をお出迎えした。
「お待ちしておりました。どうぞ」
新婦の火口さんだけでのご来店だ。
「本日はお一人ですか?」
「はい」
彼女の表情はにこやかだ。婚約破棄、契約解除の一番厄介な話ではなさそうである。
「恐れ入りますが、現在個室が埋まっておりますので、こちらの席しかご用意出来なかったのですが……、よろしいでしょうか?」
「あ、大丈夫です」
彼女をラウンジのソファにご案内し、テーブルの上のドリンクメニューを差し出す。
彼女も慣れた様子でドリンクを注文し、俺は一旦コーヒーを入れに給湯室へ向かった。
「ちょっと、今日は火口さん一人なの? 大丈夫? 新郎と喧嘩したとかそんな雰囲気ではなさそう?」
先輩プランナーが二名ほど俺を囲い、同じ心配をしていることに思わず苦笑が漏れる。
「にこやかだったので大丈夫だとは思うのですが、じっくり話聞いてきますね」
「ファイトよ、土田!」
拳を出されたので、俺も拳を作って、ちょこんと控えめに当てた。
「はい、いってきます」
背後で「土田にグータッチされた」と笑い合う先輩達の声を聞きながら、俺は火口さんへとコーヒーをお出しして、彼女の前の席へと腰を下ろした。
資料を揃え、ボールペンとメモを準備する。彼女がコーヒーを一口飲み、ふぅっと一息つくのを待って、早々に切り出した。
「では、早速ではあるのですが、本日のご相談内容をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
尋ねると、彼女は待ってましたと言わんばかりに、鞄の中からクリアファイルを取り出し、中から数枚の資料を俺へと渡した。
「当日のお花を、すべて、この御方にお任せしたいと思っているんです」
渡された資料の一枚目には、フラワーアーティストの簡単な略歴と、綺麗なブーケの写真がプリントされていた。
「華頂 茜、さんですか」
「ご存じですか!?」
「あ、いや失礼。初見です。綺麗なお名前だなと思いまして」
まるで芸名みたいだ。
「どうやら本名らしいですよ。その方のフラワーアート展に二年ほど前に行ったことがありまして。この前写真を整理していたらその時のものが出て来たので、ぜひ華頂さんにお願いしたい!と思って」
なるほど、そういうことか。
俺は渡された資料へ簡単に目を通し、火口さんへニコリと微笑んだ。
「うちにも専属のフラワーアーティストはおりますが、もちろんお客様のご希望とあれば持ち込みは可能です」
「本当ですか!」
「はい、もちろんです。悔いのない式に致しましょう」
「はい!」
「ただ」
俺の言葉に、彼女は瞬間的に身を引き、続きの言葉を待つ。
「その場合はこちらの、華頂さん? ……と、プランの打ち合わせをしていただくのは、新郎新婦様のみとなりますので、こちらからは一切関与できなくなります。お花の料金も、もちろんうちの式場からは取りませんが、持ち込みとなると割高になることが多いですね。ですので、式場の飾り付けはうちが担当し、ブーケや花結い……頭の飾り等ですね、そちらを持ち込みでされる方が今までは結構多いのですが、式場の花すべて……、持ち込み、ということでよろしいですか?」
彼女は間髪入れずに頷いた。
「そのために、貯金、死ぬほどありますから」
伊達に三十五年生きていない、という顔をしている。
なるほど。じゃあ贅沢な式といこうじゃないか。料理も最高級、演出も最上級、ケーキだって流行らないくらいデカイものを準備しよう。腕が鳴るねぇ。
ドレスプランナーにも少し話を通しておこう。良いドレスを準備してやってくれ、と。
とはいえ、火口さんはまだ華頂さんにオファーをしていない状態だという。最悪予定が合わなければ式場の方でお願いしたいということで話はまとまった。
「また連絡させていただきます」
「分かりました、お待ちしております。無事にオファーが通るように祈って居ります」
「ありがとうございます」
火口さんはスキップでも始めそうなほど軽やかな足取りで式場を去り、先輩達が俺の隣にそっと並んだ。
「金持ちね?」
「金持ちっぽいです」
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