フラワーコード ~過去から未来へ。キミと僕を繋ぐのは約束のフラワーコード~

2wei

文字の大きさ
上 下
3 / 61
第一章:記憶

しおりを挟む
「おい、うっせぇぞ! さっさと目覚まし止めろよ!」

 ドカッとベッドの底を蹴り上げられ、俺は悪夢から目を覚ました。
 足の上には、飼い猫が丸まって寝こけており、空襲警報だと思っていた音はこともあろうか目覚まし時計だった。

「おいおい。またあの夢か」
「いいから、それ消せっつってんだろ!」

 弟がどかどかと長い脚で二段ベッドの下から俺を追い立てるから、仕方なく時計を止めて起き上がった。
 子供の頃からよく見る夢だ。毎回シチュエーションは違う。ただ、いつも俺は顔の見えない誰かに置いて行かれる夢。いや、言い方が悪いな。俺はいつもいつだって「先に行け」と自ら言うんだから。相手は、男なのか女なのかも分からないけど、嫌だと最後の最後まで抵抗して、近くにいる誰かに引きずられて遠ざかっていく。家族なのか、恋人なのか、親友なのか……。でもきっと優しいやつ。
 俺は毎回そいつの名前を呼んで、燃えるように真っ赤な景色の中、何かを祈るんだ。それが何かは分からないけど、優しい願いのような、幸せな願いのような、途方もない願いのような──。

 さっきまで見ていた夢なのに、何を祈っていたのかを思い出せないのが悔しい。祈った内容も、自分の名前も、相手の名前も。もちろん、相手の声も容姿も、何一つ思い出せない。

 子供の頃から何度となく見続けているこの夢は、きっと前世か何かの記憶なのだろうと、俺は勝手に思っている。じゃなきゃ、これだけしつこく見ることはないだろう。

 俺は足元で眠る猫の下から足を引き抜き、二段ベッドの階段を下りた。

「今日は大学昼からか?」
「うっせぇな。睡眠の邪魔すんな」

 弟は、朝、すこぶる機嫌が悪い。恋の一つでもすれば直るだろう、なんて父親が冗談を言っていたが、この歳になって直っていないのだから、今後直る見込みはない。

 昨夜のうちに準備しておいたスーツ一式を片手に部屋を出て、ダイニングの扉にあるフックへそれを吊るした。
 顔を洗い、飯を作り、テレビのニュースを見る。

 就職して三年。
 俺の就職と弟の進学が一緒で、偶然、勤務地と大学が近場だったため、親が弟を俺に押し付けた。弟も朝はあんなだが、機嫌を取り戻すと「兄ちゃん兄ちゃん」とそれなりに可愛い。四年間よろしく♡と、語尾にハートマークを付けられてしまえば、兄として断れるはずもない。

 俺の就職先は、結婚式場。
 本当は全然興味なかったんだけど、就活に落ちまくって落ちまくって、ようやく拾ってくれたのが県外の今の職場だった。結婚式場の仕事に就くと婚期が遅れるぜなんて同級生に言われながらも、ここしか採用が決まらなかったのだからどうすることも出来ない。それにそんなの迷信だろうし。

 採用が決まってすぐ、母に買って貰った三着のスーツ。今も尚、その三着を着まわす日々だ。

 多忙な毎日、煌びやかな世界。甘ったるい匂いのする職場で俺まで女子力が上がりそうだと思いながら、契約を取ってはプランニングして、準備して、当日を迎える。幸せそうなカップルを何組も何組も見送り、三年。正直な話をすると、俺は毎回感動している。
 飽きずに、懲りずに、式当日に感極まる。決して誰にも言わないけど、涙が出そうなほど、感動してしまうんだ。
 興味もなく始めた仕事に、生き甲斐を感じている。探していたわけじゃないけど、これが俺の天職じゃないかとさえ、思ってるんだよ。

「さぁ、今日も頑張るか」

 まだ寝ている弟にいってきますも言わず、俺は仕事へ出掛けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...