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第十三章:懺悔の始まり
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「颯太!」
突然背後から名前を呼ばれはっと振り返ると、そこにはカトゥンが立っていて、局の廊下から満面の笑みで僕に手を振った。
「何してんだよ、そんなところで」
「風に当たってた。気持ちいいよ」
夕暮れ時。さらさらと吹く風は、涼しくて気持ちが良かった。
「はは! でももう戻れよ。リハまであと十五分切ってるぞ」
僕は重い腰を上げ、待ってくれているカトゥンの隣に並ぶと、「あ、飲む? これ」と缶コーヒーを差し出してきた。カトゥンは何故かコーヒーを二つ持っていて、どうしたんだと問うと苦笑いで答えてくれた。
「いや、今日は雪村さんと共演じゃん? だから挨拶に行ったんだけど、まだ来てなくてさ。楽屋でマネージャーさんが、連絡取れないってめっちゃ焦っててさ。珍しいよな」
そう言ってはははっと可笑しそうに笑う。
連絡が……取れない?
「それ……大丈夫、なの?」
思わず真剣みを帯びて聞いてしまう僕に、カトゥンは目を丸くし、そして柔らかく笑った。
「大丈夫だろ。雪村涼だぜ? リハまでに来るかどうかは分かんないけど、本番までには絶対に来る。何を犠牲にしたって、あの人はアイドルを放棄したりしない。だろ?」
雪村さんに寄せられる絶対的な信頼。
それが少し怖くて、ごくりと喉が鳴った。
雪村さんは、きっととんでもないプレッシャーの中で仕事をしている。そりゃ誰だって責任を持って仕事をしているけど、雪村さんのそれは、普通じゃないと思う。寄せられる期待と、絶対的な信頼。これは、雪村涼にしか寄せられない特別なものな気がする。
だけど、ふと疑問が過る。
「楽屋って四階だよね? なんでこんなところ歩いてるの?」
ここは一階だ。
「あぁ……いや、雪村さん……、来てないかなっと思って」
「結局心配してんじゃん」
「まぁ。うん」
そう言って苦笑いするカトゥンは小さなため息を吐き出した。
「ほら今さ、NIAの件もあってあちこちピリピリしてるだろ? 局側もスポンサーも神経張りつめてて、事務所の信頼に関わるような事態に発展しかねない雰囲気じゃん。ANNADOLがテレビに出るってだけでNIAファンも騒ぐしさ。そんな中で雪村さんが遅刻でもしてみろよ。格好の餌食だぜ? 俺は雪村さんに、そんなものの標的になってほしくねぇんだよ」
その通りすぎて、何も言えなかった。
そんなの僕だって、いや誰だってそう思ってる。この事件のことを知っていても知らなくても、きっと誰もが思っていることだ。でも……何も知らないカトゥンから聞くその言葉は、僕の心を甚く抉った。
「でもまぁ……、あの人のことだから、絶対に来るとは思うけど」
そう言って情けなく微笑むと、カトゥンはエレベーターの昇降ボタンを押した。
突然背後から名前を呼ばれはっと振り返ると、そこにはカトゥンが立っていて、局の廊下から満面の笑みで僕に手を振った。
「何してんだよ、そんなところで」
「風に当たってた。気持ちいいよ」
夕暮れ時。さらさらと吹く風は、涼しくて気持ちが良かった。
「はは! でももう戻れよ。リハまであと十五分切ってるぞ」
僕は重い腰を上げ、待ってくれているカトゥンの隣に並ぶと、「あ、飲む? これ」と缶コーヒーを差し出してきた。カトゥンは何故かコーヒーを二つ持っていて、どうしたんだと問うと苦笑いで答えてくれた。
「いや、今日は雪村さんと共演じゃん? だから挨拶に行ったんだけど、まだ来てなくてさ。楽屋でマネージャーさんが、連絡取れないってめっちゃ焦っててさ。珍しいよな」
そう言ってはははっと可笑しそうに笑う。
連絡が……取れない?
「それ……大丈夫、なの?」
思わず真剣みを帯びて聞いてしまう僕に、カトゥンは目を丸くし、そして柔らかく笑った。
「大丈夫だろ。雪村涼だぜ? リハまでに来るかどうかは分かんないけど、本番までには絶対に来る。何を犠牲にしたって、あの人はアイドルを放棄したりしない。だろ?」
雪村さんに寄せられる絶対的な信頼。
それが少し怖くて、ごくりと喉が鳴った。
雪村さんは、きっととんでもないプレッシャーの中で仕事をしている。そりゃ誰だって責任を持って仕事をしているけど、雪村さんのそれは、普通じゃないと思う。寄せられる期待と、絶対的な信頼。これは、雪村涼にしか寄せられない特別なものな気がする。
だけど、ふと疑問が過る。
「楽屋って四階だよね? なんでこんなところ歩いてるの?」
ここは一階だ。
「あぁ……いや、雪村さん……、来てないかなっと思って」
「結局心配してんじゃん」
「まぁ。うん」
そう言って苦笑いするカトゥンは小さなため息を吐き出した。
「ほら今さ、NIAの件もあってあちこちピリピリしてるだろ? 局側もスポンサーも神経張りつめてて、事務所の信頼に関わるような事態に発展しかねない雰囲気じゃん。ANNADOLがテレビに出るってだけでNIAファンも騒ぐしさ。そんな中で雪村さんが遅刻でもしてみろよ。格好の餌食だぜ? 俺は雪村さんに、そんなものの標的になってほしくねぇんだよ」
その通りすぎて、何も言えなかった。
そんなの僕だって、いや誰だってそう思ってる。この事件のことを知っていても知らなくても、きっと誰もが思っていることだ。でも……何も知らないカトゥンから聞くその言葉は、僕の心を甚く抉った。
「でもまぁ……、あの人のことだから、絶対に来るとは思うけど」
そう言って情けなく微笑むと、カトゥンはエレベーターの昇降ボタンを押した。
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