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第八章:カウントダウンコンサート
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西くんのおかげで永井くんと接触しないまま無事に開演までこぎつけた。
コンサート開始直前。
今年のメインMCを務める雪村さんのグループが舞台裏で皆の前に立った。出演グループは全8組39名。一人も欠けていない。この人数が一堂に集まると、どうしたってざわつく。だけど雪村さんの据わったような鋭い眼光に、次第にみんな口を閉ざし、場は凍り付いたようにしん…と静まり返った。
だけど雪村さんは口を開かず、鋭かった瞳を閉じると、震えるような息を小さく吐き出した。精神……統一? いや、違う。
「ユキ? ……ユキ、おい! ユキ!」
異変に気付いた佐久間さんが慌てて雪村さんの名前を呼ぶと、ハッとして姿勢を正した。そしてあたりをキョロっと見渡し、今がどういう状況下を把握したようだった。
「ぁ……そうか、今年は俺達か」
メインMCは開演前の気合入れを担当しなければいけない。
そんなとぼけたセリフをぽつりと零した雪村さんに、現場は俄かにざわついた。そりゃそうだ。あの完全無欠の雪村涼がコンサート前に気を散らしていたのだから。僕の隣に立つカトゥンも「おいおい」と笑い、小形くんも「めっずらしいな」とどこか嬉しそうに笑った。ただ、西くんはじっと雪村さんを見つめ、クスリともしなかった。
やっぱり、彼に憧れている。そういう目だ。口にはしないけど、「どうしたんだろう」って顔してる。「大丈夫かな」かもしれない。西くんはきっと自覚してないけど、雪村さんのことをすごく澄んだ目で見つめるんだ。綺麗なものを見るように、綺麗な心で見ている、そんな感じ。
その目は……僕の首を絞めるみたいだ。あの夜のことが、また怖くなる。僕はなんてことをしたのだろうかと。
最終的に雪村さんは一言も喋らなかった。代わりに彼らのグループリーダーが声を張り上げ円陣の指揮を執った。
雪村さんはバランスを崩している。僕の前だけじゃなく、こんな場所でも呆然と考えに耽ってしまうくらい。こんなの異常事態だろ。最強騎士は、分かっているのだろうか。今、彼がバランスを崩しているって。ちゃんとサポート出来ているんだろうか。雪村さん、めいっぱい悲鳴をあげてるよ。助けてくれって泣き叫んでる。
お願いだよ、助けてあげてほしい。
僕は雪村さんの手を取ることを躊躇っている臆病者だから……助けてあげられない。佐久間さんが怖くて、永井くんも怖い。暗黙のルールを破ったことを、パーティーに知られることを恐れている。雪村さんの不安や悩みを僕では解消してあげられないし、もしかすると和らげることすら……無理かもしれない。その手を取りたいと思うし強く握ってあげたいと思うけど、やっぱり怖いんだよ。だから今の今まで何も出来ないでいる。同じマンション、一階上。会おうと思えばいくらでも会えるのに、逢いに行くことを躊躇って……もう半月ほど経ったのだろうか。
大丈夫だろうか。ちゃんと立てるだろうか。【アイドル雪村涼】として、この大舞台に。
「行くぞ」
円陣を組み終わってすぐ、西くんにぐっと腕を引っ張られ、僕ははっと我に返った。視界の端も見えたのは、僕へ近づこうとしている永井くんだった。雪村さんに気を取られていた。でも、あんな雪村さんを見た後でも冷静に僕を守ってくれる西くんに感動する。
すごい。すごく周りを見ている。僕を守ろうとしてくれている。
「……ありがとう」
小さな声で伝えたお礼に、西くんは無反応だった。
聞こえてなかったかもしれない。だけど、聞こえていても無視するような男であることも事実なのだ。
紙一重で永井くんから逃れ、僕らはそのまま走ってオープニングの登場場所へと急いだ。
コンサート開始直前。
今年のメインMCを務める雪村さんのグループが舞台裏で皆の前に立った。出演グループは全8組39名。一人も欠けていない。この人数が一堂に集まると、どうしたってざわつく。だけど雪村さんの据わったような鋭い眼光に、次第にみんな口を閉ざし、場は凍り付いたようにしん…と静まり返った。
だけど雪村さんは口を開かず、鋭かった瞳を閉じると、震えるような息を小さく吐き出した。精神……統一? いや、違う。
「ユキ? ……ユキ、おい! ユキ!」
異変に気付いた佐久間さんが慌てて雪村さんの名前を呼ぶと、ハッとして姿勢を正した。そしてあたりをキョロっと見渡し、今がどういう状況下を把握したようだった。
「ぁ……そうか、今年は俺達か」
メインMCは開演前の気合入れを担当しなければいけない。
そんなとぼけたセリフをぽつりと零した雪村さんに、現場は俄かにざわついた。そりゃそうだ。あの完全無欠の雪村涼がコンサート前に気を散らしていたのだから。僕の隣に立つカトゥンも「おいおい」と笑い、小形くんも「めっずらしいな」とどこか嬉しそうに笑った。ただ、西くんはじっと雪村さんを見つめ、クスリともしなかった。
やっぱり、彼に憧れている。そういう目だ。口にはしないけど、「どうしたんだろう」って顔してる。「大丈夫かな」かもしれない。西くんはきっと自覚してないけど、雪村さんのことをすごく澄んだ目で見つめるんだ。綺麗なものを見るように、綺麗な心で見ている、そんな感じ。
その目は……僕の首を絞めるみたいだ。あの夜のことが、また怖くなる。僕はなんてことをしたのだろうかと。
最終的に雪村さんは一言も喋らなかった。代わりに彼らのグループリーダーが声を張り上げ円陣の指揮を執った。
雪村さんはバランスを崩している。僕の前だけじゃなく、こんな場所でも呆然と考えに耽ってしまうくらい。こんなの異常事態だろ。最強騎士は、分かっているのだろうか。今、彼がバランスを崩しているって。ちゃんとサポート出来ているんだろうか。雪村さん、めいっぱい悲鳴をあげてるよ。助けてくれって泣き叫んでる。
お願いだよ、助けてあげてほしい。
僕は雪村さんの手を取ることを躊躇っている臆病者だから……助けてあげられない。佐久間さんが怖くて、永井くんも怖い。暗黙のルールを破ったことを、パーティーに知られることを恐れている。雪村さんの不安や悩みを僕では解消してあげられないし、もしかすると和らげることすら……無理かもしれない。その手を取りたいと思うし強く握ってあげたいと思うけど、やっぱり怖いんだよ。だから今の今まで何も出来ないでいる。同じマンション、一階上。会おうと思えばいくらでも会えるのに、逢いに行くことを躊躇って……もう半月ほど経ったのだろうか。
大丈夫だろうか。ちゃんと立てるだろうか。【アイドル雪村涼】として、この大舞台に。
「行くぞ」
円陣を組み終わってすぐ、西くんにぐっと腕を引っ張られ、僕ははっと我に返った。視界の端も見えたのは、僕へ近づこうとしている永井くんだった。雪村さんに気を取られていた。でも、あんな雪村さんを見た後でも冷静に僕を守ってくれる西くんに感動する。
すごい。すごく周りを見ている。僕を守ろうとしてくれている。
「……ありがとう」
小さな声で伝えたお礼に、西くんは無反応だった。
聞こえてなかったかもしれない。だけど、聞こえていても無視するような男であることも事実なのだ。
紙一重で永井くんから逃れ、僕らはそのまま走ってオープニングの登場場所へと急いだ。
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